8.記憶も身体も子供になる話
紹介動画を撮る為に和弥神社へと赴いた白雪と水綺、コンビニでコーヒーとお菓子を調達して帰ってきた希威を出迎えたのは、普段の兎舞を小さくしたような小学一年生ぐらいの子供だった。インターホンを押した体勢で固まる白雪と、鳩が豆鉄砲を食ったような顔の水綺の間、何度も何度も目を瞬いていた希威は、重そうにしている子供を見て慌ててドアを支える。
「ありがとうございますです」と頭を垂れた子供は、礼儀正しくて声も小さくて本物の兎舞みたいだった。よく見ると、見覚えのある巫女服で足首まで隠れており、振り袖から手が出ていない。インターホンを鳴らした知らない大人三人と対面中なのに、全く怖がらず不思議そうに見上げてくる兎舞が、凍りついた三人に首を傾げて問いかける。
「おにいさんたち、だれです?」
「俺は希威。君の名前は兎舞で合ってる?」
「うん、とまだよ。なんでしってるです?」
首を痛めそうなほど見上げる妹と視線を合わせた兄は、愛想良い笑顔を浮かべてさりげなく本人だと突き止めた。警戒心の欠片もなく首を縦に振った兎舞が、キョトンとして大きな赤い瞳を瞬く。「知らない人に名前を教えない」と、小学一年生はまだ習わないのだろうか。段々と心配になってくる。
「俺達は兎舞のお兄さんの友達だからね」
「にいさんの?」
「そう。ちょっと忙しくてお家に居られないお兄さんの代わりに、君を預かることになったんだ。一緒にゲームしようか」
「げーむするです!」
なんて彼女を気遣いつつも無警戒なことを利用して、勝手に兄の友を名乗って滞在理由も告げる希威の嘘に、兎舞はキラキラと赤色の目を輝かせ嬉しそうに声を弾ませた。この頃からゲームが好きなようだ。すっかり希威に信頼を寄せてしまった挙句、いそいそと手招きまでして家に案内する子供に、苦笑を頰に含ませながら水綺と白雪を見る希威。
「ほら、二人も自己紹介して」
「はい、私は水綺。よろしく、兎舞」
「うちは白雪やで。シロさんって呼んでな」
放心状態から戻ってきた水綺と白雪が、希威に倣って腰を下ろしてから名乗る。ゲームのことしか頭になかったのか、一人だけじゃないと忘れていた兎舞は、二人の顔を交互に見つめ聞いたばかりの名前を繰り返した。
「みずきさんとしろさん……です?」
「そうそう、それで合っとるよ」
「呼びにくかったらずっきーでもいいわよ」
一度で覚えた小学生に拍手を送った白雪が、穏やかに目を細めて頭を撫でる。「えへへ」と得意気な満面に喜色を滲ませた兎舞は、頭を撫でられるのも好きらしく嫌がることなく受け入れていた。そして、若干、言いにくそうだったと兎舞を気遣った水綺の提案に、パアッと顔を明るくしてニッコリと破顔する。そのまま嬉々として彼女を呼んだ。
「ずっきー!」
「うっ」
「ずっきー、どしたの!?」
お日様みたいに温かい笑顔に崩れ落ちた水綺に、驚いて目を大きく見開いた兎舞が慌てて駆け寄る。胸を両手で押さえて顔を伏せるという、典型的な漫画みたいな格好で固まる水綺も、兎舞に説明なんてしたくないだろう。希威と同時に白雪もそう察知したようで、ソファーの上に置いてある猫のクッションを持ち、不安そうな兎舞の関心を惹く。
「兎舞ちゃん、水綺ちゃんは心配いらんよ。それより、こっちおいで」
「わっ、なにそれ! かわいいです!」
「そうやろ? トマトって言う名前やねんで」
「とまのなまえとにてるです!」
大人の自分が創作したお気に入りのキャラだからか、双眸をキラキラとさせて跳ねるように白雪の元に行く兎舞。白雪から告げられた近い名前で更に親近感が湧いたらしく、同じぐらいの大きさのクッションを両手で抱き締める。何度か撫でた後、肌触りを気に入って、頬をすりすり寄せていた。
「兎舞ちゃん、かわええ。こっち向いてー」
「えへへ、ぴーす!」
「かわええェェェェ」
子供とクッションの最強コラボに胸を打たれ、興奮気味に携帯を構えた白雪が追い打ちで壊れて、はにかむような笑顔の兎舞の写真を何十枚も撮る。連写されている兎舞は面白そうに色々なポーズをして、鼻血を垂らしそうなほど昂った白雪を悶絶させていた。可愛いと褒められるのを喜んで、どんどん愛らしいことをしている為、早く止めなければ白雪が血を吐いて倒れそうだ。
「白雪先輩だけ狡いです! 私にも撮らせてください」
「はーい、ゲームの準備ができたから、写真は後にしてねー」
「あぁ〜〜」
嫉妬で復活し混ざろうとする水綺を担ぎ上げて、希威は繋ぎ終わったゲーム機のもとへと連行する。準備万端のゲームに興味を移した兎舞が、クッションを抱いたまま希威の方に行った故、白雪も後ろ髪を引かれつつ携帯をしまって寄ってきた。
「どういうげーむなのです?」
「間違い探しよ」
「この最初の部屋を覚えといて、次の部屋で違いを見つけるんやで。できる?」
弾んだ声でコントローラーを持った兎舞の問いに、水綺と白雪が懇切丁寧に答える。今回行うゲームは新発売の間違い探しゲーム。紹介動画でやろうと決めていたが、折角だから小さい兎舞とも楽しむことにした。二つのモードがある為、幼い兎舞とノーマルモード、大人の兎舞とハードモードで遊ぶ予定だ。
「とま、おぼえるのとくいだよ!」
「おー、頼りになるなぁ」
得意気に胸を張って元気良く手を挙げる兎舞が、白雪に頭を撫でてもらえて嬉しそうに目を細める。そんな和やかな雰囲気に希威もほんわかしつつ、いつでも始められる状態のゲームを起動した。瞬間、兎舞がパッと顔をパソコン画面に向けて、余程、楽しみなのか身を乗り出して双眸を輝かせる。
ちなみに、兎舞のノートパソコンのパスワードは、実況部屋の机上に貼られた付箋にメモ書きされていた。勝手に開けるのを少し躊躇しつつパスワードを突破し、白雪の隣の床に置いて幼い兎舞に見せている。ノートパソコンを机の上に置くと、目線を合わせられず見えないからだ。小さい兎舞はお気に入りのクッションを枕に、うつ伏せになって最初の場所を暗記している。
「あっ、にゃんこ。どしたー?」
「猫の友達とかくれんぼしてるのかもね」
「へー、にゃんこもかくれんぼしってるですね」
壁際に置かれたおままごと用のキッチンの下、身を潜めている子猫を見つけた兎舞が話しかけた。子供部屋を模しているようで、他にも様々な玩具が散らかっている。間違い探しより子猫に興味を持った妹は、心配そうに話しかけながら様子を伺うも、希威の指摘により邪魔になると察し離れた。正直、子猫とお喋りする兎舞は可愛かったが、いつまでもゲームできないと困る。
「えっとー、わんこのかずは……」
「ここにも一匹、隠れとるね」
「わっ、ほんとです。じゃあ、じゅっぴきです」
そんな兎舞の関心は棚の上に並んだ犬のぬいぐるみに移動している。一生懸命、多種多様で大小様々な犬の数を数えていき、白雪からアドバイスも貰って無事に正解を出した。「兎舞ちゃん、凄いなぁ」と自分のことのように喜んだ白雪が、ゲーム機を置いて兎舞の小さな身体を持ち上げる。そのまま、自分の膝上に座らせて、ギュッと抱き締めた。
ゲームを放棄して頬擦りまで始めた白雪だったが、兎舞が「きゃー」と満更でもなさそうにはしゃぐ為、希威と水綺に二人を注意するという選択を躊躇わせる。二人は顔を見合わせて苦笑を一つ溢すと、存分に戯れる許可を出すことにした。が、それは不要だったようだ。白雪に抱っこされたまま、彼の画面を見ていた兎舞が、「あっ!」と声を上げたかと思えば、チューリップを指す。
「とま、このおはなしってるです! ちゅーりっぷです!」
「おお、兎舞ちゃんは物知りやなぁ」
「ふひひっ、だろー?」
白雪が脇の下に手を入れて軽い身体を持ち上げると、褒められて口元を緩めながら無邪気に喜色満面に笑う兎舞。かと思えば、満足するまで堪能し終えたのか白雪の膝から下り、自分のノートパソコンの前に戻らず希威の膝に乗った。白雪だけではなく希威と水綺にも褒められたいのだろうか。目を点にした兄の膝に座って、真剣な顔で画面を睨み、知識を披露できる箇所がないか探している。
「きいさん、みて! ここのおにぎょうさん、ぴーすしてるです!」
「おおっ、よく見つけたなぁ。それも変わるかもしれないから覚えとこうか」
「うん!」
無事に見逃しやすい細かい箇所を見つけた兎舞が、両手でピースを作り期待を孕む視線を希威に向けた。夜空に瞬く満点の星空みたくキラキラな瞳で、褒めて褒めてと訴えかけてくる妹の可愛さに、兄は唇をだらしなく綻ばせながら頭を撫で回す。どうやら白雪よりも撫でるのが上手いらしく、兎舞にもっと撫でてと頭を擦り付けてもらった。
白雪と水綺から嫉妬心を含んだジトッとした目線を刺され、希威は名残惜しく感じつつも兎舞の脳天からそっと手を離す。「もっと撫でたかったなぁ」と柔らかな黒髪の感触を思い出す兄の膝を下り、兎舞が水綺の方に駆けて行って彼女の膝に腰を下ろした。次は大親友に褒められたいようだ。選んでもらえた水綺が安堵と喜悦を混ぜた表情を手で覆い隠す。
「ずっきー! ここのかべさんだけ、おかおがにこにこしてるです!」
「へー、気付かなかった。凄いね、兎舞」
「へへっ」
にやけた顔を隠していた水綺は、兎舞に服を引っ張られて手を退けた。ウズウズと落ち着きない子共の、何度も乱されて耳下の二つ結びが解けかけた頭を、手でわしゃわしゃと掻き混ぜる。割と派手に乱されているのに、兎舞は上機嫌に相好を崩して撫でられ続けていた。無事に全員から称賛となでなでやたかいたかいをしてもらい、兎舞がご満悦な様子で自分のノートパソコンの前に戻る。
「よしっ、そろそろすすもうです!」
「そうね」
「レッツゴー」
そして、皆に甘えつつもきちんと暗記し終えたようで、クッションに顔を埋めてうつ伏せになり出発を提案した。いつの間にかしっかり覚えていたらしい水綺と白雪も、特に慌てた様子もなく兎舞に同意を示す。一方で、小さな妹にデレデレしていた希威は、笑顔を貼り付けながら内心で焦った。
「水綺と白雪、覚えられたの?」
「……無理です、兎舞が可愛すぎてそれどころじゃありませんでした」
「……兎舞ちゃんの言動しか目に入らんよね」
自分の為だけに進行を止めるのは忍びない。そう思ってゲームを進めたものの焦燥に駆られたままで、希威が仲間を探して小声で水綺と白雪に聞くと遠い目をされた。
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