第53話:イベント③

 その日ラスティが、エクシアから頼まれた任務は、神聖防衛王国が設営した前線基地の襲撃だった。


 目標は全ての人員と建造物の破壊。

 そこまで掛けた労力を無に化して、精神的なダメージと実害を与えるのが目的だ。


 濁った夜空から、針のような雨が降り注いでいる。

 視界の悪い夜だ。

 襲撃を行う天気からすれば、当たりの日だ。


「強い敵はいるだろうか?」

「ラスティくんは強引に行く? シンチョーに行く?」


 オーディンの問いかけに、ラスティは少し悩む。


「慎重に行こうか。一つ一つ確かめていこう」


 敵の総数が分からない以上、慎重に進めるのが定石だ。まずは砲台を潰すべきだろうと考え、現実改変を身に纏い、ゆっくりと滑るように進んでいく。

 障害物の多い場所だ。下から潜り込んで、一台潰した。


「侵入者を発見、どこの所属だ?」

「詮索は後にしろ」

「まぁ、そうなるわな」


 見つからないというのは無理な話だ。2台目の砲台を破壊し、敵勢力の方に視線を向けて、エネルギーの狙いをつける。

 圧縮する。

 ぐしゃり、と高重力に押し潰される。

 敵の騎士は、見た目よりも脆い。そもそも現実改変を耐えられるのがどの程度いるのか疑問ではあるが。


「操作性か、出力を鍛えるべきか迷うな……コントロールを鍛えるほうが無難か」

「修羅道や覇道は、エネルギーを放出するから大変やね。自分に使うのは簡単やけど」

「難しい。難しいが、練習していかないとな」


 指や、視線のアシストを使って、現実改変による重力圧撃の遠隔攻撃を行いながら、エリアを制圧していく。この調子なら、仕事は長引かずにすみそうだ。


「警備が薄いな。前線基地のわりに、ここは重要視されていない施設なのだろうか」


 高くそびえる壁を越えると、長く続く通用道路の向こうに、平べったい建物が見えた。軍事施設を統括する中央制御施設だ。


「警備がおらへんな」

「明らかに、いる。どこから来るか」


 ここが前線基地の中心だというのなら、ここにこそ戦力が集中されているはずなのに、何もいない。これほど分かりやすいものはないだろう。

 慎重に近づいていく。破壊された数多の人間が見えた。



《そういう感じね。なるほど。これも全部巡り合わせか》


 年若い声とともに、赤黒い色のオーラを纏った人間が姿を現わした。

 奇襲をかける必要もないと言わんばかりの妙に堂々としたご登場だ。

 笑いを含んだ声が、嬲るように告げる。


《ラスティとオーディン。現実改変を使えるお前達には、ここで消えてもらう》


 敵が飛び降りてくる。即座に重力を凝縮させて、押し潰そうとしたが、それが見えているようにふわりと浮く。攻撃が届かない。

 ラスティは距離をとって、様子見に切り替える。


「どうする? オーディン。潰すか、あるいは練習するか」


 全力の現実改変で、丸ごと押し潰してしまうか、力をセーブして練習台にするかの質問に、オーディンは即答した。

「練習一択……ッ」


 オーディンの体が跳ねる。

 いつの間にか接近した敵に蹴り飛ばされたのだ。


《まずは一人。次はお前だ。ラスティ》

「全力全開。消し飛ばす」


 空間をねじり切るラスティの一撃は、敵には当たらず交わされる。空間ごと攻撃しているにも関わらず、奇妙な逃れ方をする。


「難しいな。私は手加減をしているわけではない。しかし当たらない。何故だ? 空間や座標は正しいはず……幻覚や感覚器官が影響を受けているのか」


 反射的にその場を動いた。青く長い光線が遙か遠くから放たれてくる。とんでもない射程距離だ。


《避けるか。随分と慣れているな。現実改変能力なんて大層なものを持っていれば、戦闘技能を取得するなんて難しいと思うが》

「そういう経験は、あって損をしない。だから出来る。名前くらい教えてもらいたいな、ミスター・アンノウン」

《名前……? 死神部隊No.12だ。よろしく》

「それ名前じゃないだろう」

《サギッタリウスと呼んでくれ》


 お互いに戦闘が始まっているというのに、よく喋る。

 毒々しいシャボン玉のような攻撃が的確にこちらを削ってくる。ふざけた見た目のわりに避けにくい。


 被弾を覚悟で懐に飛び込む。力の限り叩きつけた現実改変エネルギーは、うまく入った。相手の存在を大きく揺るがす。


《流石の出力だ。強いな》

「なるほど、触れて、エネルギーをぶつければ当たるのか。矢避けの加護みたいなスキルを持っているな」

《頭も動く……と。面倒な相手だ》


 目の前の横合いからの狙撃をまともに食らった。その隙に、サギッタリウスから放たれた火炎ボールが打ち込まれる。炎の砲弾は、ラスティを一瞬で燃やし尽くす。


 ラスティは、現実改変で新品の肉体にして、死を防ぐ。自分にダメージが蓄積していくのがわかる。なかなか厳しい。逃げる間もなく、シャボン玉の光が視界を覆う。足を止めずに滑り出た。


 ――強い。

 けれど、速くはない。動きは追えている。


《随分と対応が早い。凄いな》

「お褒めに授かり光栄だ」


 現実改変エネルギーを込めた近接攻撃を、妙な動きでかわされ、赤黒いオーラを纏うサギッタリウスは、ラスティの顔面を蹴り飛ばした。

 狙撃の追撃をかろうじて避けながら、分裂ミサイルを、創造して発射する。ついでにレーザー光線も交えて照射する。


「……」


 確実に当たっているし、削っている。相手の生命を切り崩して、奪い去っている感触がある。命の残量が減っているのは感じているのに、サギッタリウスは余裕めいた態度を崩そうとしない。


《何故、そんなにも必死なんだ? 現実改変なんて素晴らしい能力を持っていれば何でも手に入るだろう。女も、金も、命さえ》

「はは、不安だろう。普通に。どれだけチート能力を手に入れたところで、次に相手になるのは同じチート能力を持つ相手だ。日本最強の次は世界最強、世界最強の次は惑星最強、惑星最強の次は銀河。銀河の次は平行世界だ」

《随分と悲観的だな。そして強欲だ。地球最強では足りないか?》

「足りないな。勝って、勝って、勝って勝って勝って勝って勝ち尽くす。そして死ぬ直前まで挑戦するのが楽しいんだろう」


 足りるなんて、馬鹿馬鹿しい、と笑う。


「そういう君こそ、何になりたい? 何を欲しがっている? 他人への問かけばかりしていても、本当は自分に足りないものを数えているんじゃないか?」

《……なるほど。なかなか面白いことを言うが……お前のその力、やはり危険だな。ここで消えてもらうのが上策のようだ》

「お断りだ。君こそ、ここで、終わってもらう」


 青い狙撃をかいくぐり、円を描くように背後へ回り込む。

 放たれた火炎ボールを最良のタイミングでかわす。シャボン玉の攻撃を生み出す左手に、現実改変ブレードで破壊する。更にチャージした現実改変エネルギーのレーザーを、相手の胸に押し当てた。

 抉るような、高い破壊音が響く。


《危険だ……お前は》


 沈黙し、存在が爆散するサジッタリオスを見つめる。


 軍事施設を管理する中央制御施設は静かに稼働していた。小さな光が無数に瞬く。子どもの頃に見た、プラネタリウムを思い出した。

 ドーム状の空間だ。深い穴の底に、神聖防衛王国と聖杯連盟の技術が詰め込まれた機材が見えた。

 水栓のようだと、そう思った。


「いやー! ラスティくん強いな。一人で、あの変なの倒すなんて。凄いわ」

「今更復帰か。お寝坊さんだな」


 無傷のオーディンが、ラスティの肩を叩く。ラスティは苦笑いしながら言葉を返す。

 罠もなさそうだった。躊躇いなく、消し飛ばす。青白い火花を散らしながら、破損したデバイスが崩れ落ちてきた。

 電源が喪失したのか、周囲の光が落ちていく。


 不意に、ざわつくような悪寒を覚えた。

 息を呑む。足元から、赤い色が煙のように立ち上っていた。


「これは……」

「龍脈エネルギー? アカンのちゃう? 死ぬで、これ」


 赤い奔流が突き上げる。全身に衝撃が走り、たまらず目を閉じた。

 目蓋の奥、鮮烈な赤い色が、焼き付いていた。

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