第33話:束の間の休息

 廊下へ出ると、部屋に入り切らない負傷者が壁沿いに置かれており、回復魔法や治癒の能力を持つ子達が必死に重傷者の負傷を治していた。

 噎せ返りそうなほど濃い血の匂いの廊下を抜けて、医療スタッフの休憩所に出る。

 そこには包帯などの医療物資が山のように、しかし整頓された状態で置かれており、それを乱さないように慎重に足を運ぶ。


 目の前にはやや疲れた様子のエミーリアが椅子に座っていた。


「お疲れ、エミーリアさん」

「ラスティさん」

「回復ありがとう。君のおかげで多くの人数が救われただろう」

「どうでしょう。私の回復の祈りは微々たるものです」

「そういえば、先程慌ててたのか回復魔法って言っていたな。あれは教会だと叱られるんだろうか? 聖女ともなれば、特に」

「あの場面で祈りが使えますって言っても混乱するだけでしたから。一般的に普及している回復魔法という用語を選択したんです」

「そこまでの気配りをしていてくれたのか。有り難い」

「いえいえ、これでも聖女ですから。ああいった命がすぐにでも失われる状況で、適切な行動ができるよう自分を鍛えました。今回はその総決済です」


 ラスティは言葉を選んで、慎重に質問した。


「これは興味本位で聞くんだが、グロテスクなのも平気なのか?」

「人の骨や内臓が露出しているところを見るのは慣れました。聖女ですし、祈祷も奇跡も使えるので士気高揚も兼ねたデモンストレーションをすることがあるんです。軍人や冒険者さん相手に」


 なるほど、とラスティは頷く。


「命の危機を救われれば、教会を信じる者も増える。そして道徳の教科書のような聖書を読み、行動すれば治安が良くなり統治者にとっても都合が良いわけだ。良くできた仕組みだよ」

「ラスティさんは、どうなんです?」

「あまりグロテスクなものは得意ではないが……しかし苦手というほど弱くはない。自分の腕を引きちぎって再生させるくらいには耐性がある」


 ラスティは腕を見せながら笑う。それにエミーリアは苦笑いを浮かべる。


「それはグロテスクなものに強いと言っても大丈夫なラインだと思いますが……そうじゃなく、神様を信じていますか?」

「難しいな。いるとは思うが、そこまで信仰しようとも思わない。神を崇めず、悪魔を頼らず、己は己で律することこそ人だと思う。超常的な存在に自分の運命を預けるのは……少なくとも推奨しないし、私は選択しない」


 ラスティは言葉を続ける。注釈するように笑いを含みながら。


「あくまで私の生き方だから、人にどうこう言うつもりもない。神を信じるのも、悪魔を信じるのも、他者を信じるのも、己を信じるのも大差ない。肝心なのは行動だ」

「神の名を借りて悪行を犯すのは良くないですが、悪魔の名を借りて善行をするのもどうなんでしょう」

「性格の善悪よりも、行動の善悪のほうが大切だと感じるな。他者の不幸が好きな存在が、巡り巡って他者を幸福することもあるだろう。逆に他者を幸せにしたくて、結果的に不幸にすることもある」

「皮肉な話ですし、やりきれない話です。聖職者としては」


 息を吐くエミーリアに、ラスティは苦笑いを浮かべた。


「少なくとも正義や悪を論じるよりは良いんじゃないか? 法律か、道徳か、功罪か、どこに主眼を置くかで変わってしまう割に、確固たる立ち位置にあると考える人は多い」

「魔法は人類史上もっとも人を豊かにし、もっとも不幸にした最高の発明にして、最悪の発明である」

「核みたいな話だ」


 ラスティは前世の地球を思い出しつつ笑う。それにエミーリアは首を傾げる。


「かく?」

「すまない、こっちの話だ。私の故郷にも似たような言葉があったよ」

「やっぱりどこもあるんですね、こういう教訓っぽいような語り部で誤魔化された気持ちになる言葉」

「それはそうだけど……でもなんか違う気がする、それ一緒にしちゃうの? みたいな気持ちになる言葉か」

「魔法開発の功績と、運用した結果は別問題では……みたいな?」

「開発した技術に罪はないのに、使い手の責任まで、開発者に背負わされてしまうのは……まぁ可哀想な話だ」


 同じ意見になり、ラスティとエミーリアは小さく笑い声を上げた。そろそろラスティがネフェルト少佐の下に戻ろうとしたところで、エミーリアは問いかける。


「そういえば、ラスティさんは慈善活動組織アーキバスの人でしたよね」

「創業者にしてスポンサー。そして最終兵器。形骸化しているが運営者でもある。慈善活動組織アーキバスの活動はエクシアという子に一任していた」

「メンバーは全員女の子ですけど、ラスティさんの趣味なんですか? ハーレム願望?」

「一部の少女達とは関係を持っている手前、否定し辛いな」


 ラスティは困ったように眉を寄せる。


「女性しかいないのはダイモス細胞が起因している。ダイモス細胞を宿し、ダークレイスとして捨てれる子供は、人類種亜人種問わず女の子なんだ」

「そういう選定なんですね。ダークレイスですか……忌み子を救うとは神を恐れぬ蛮行です」

「教会ではダークレイスは殺処分だったか」

「はい。助ける方法がないので」

「だからこそ藁をも縋る想いで慈善活動組織アーキバスに入るのだろう。そして無事治療され、これまでの冷遇された人生が一変し、精神と肉体が共に満たされることで、アーキバスに忠誠を誓う」

「そこにつけ込んで肉体関係を迫ると。非道ですね」

「ダークレイスはダイモス細胞の治療さえ完了すれば、生命として高い水準の肉体になる。見目麗しい女の子達が誘ってくるんだ。断るのは野暮だろう?」

「複数の女性と同時に交際なんて最低です」

「残念ながら交際はしてない」

「え?」

「肉体関係だけさ。彼女たちからすれば自分の肉体でスポンサーと最大戦力を繋ぎ止められるなら安いの考えての行為だったんだろう」

「そこで断ってしまうと彼女たちのプライドを傷つけることになるし、役目を果たせない子達が組織の中での立場が悪くなる可能性がある、だから関係を持つと?」

「その通りだ」

「感想は?」

「最高だった」

「サイテー」


 エミーリアは笑う。


「じゃあ、続きとしましょうか。治療再開です」

「こちらも、孤立している味方の支援と救助に行ってくる。作戦は……ネフェルト少佐が考えているだろう。流石に魔力や疲労で頭が回らん。暴力装置として活躍するさ。エミーリアさんも頑張って」

「頑張ります。ラスティさんも、応援してます。頑張って」

「すごい、やる気が湧いてくる」

「ちょっと馬鹿にしてません?」

「本当だとも。単純なんだ、男の子だから」


 ラスティとエミーリアは拳を突き合わせて、そして背中を向ける。互いの戦場へ戻るのだ。

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