第24話:敵地侵入④


 魔導ゴーレム・ジャスティスと交戦を続ける侵入者一行――裏路地の危機を脱し、広い街道で再び追撃を躱し続ける彼女達は、全身に冷汗とも脂汗とも取れるそれを滲ませながら必死に駆け続けていた。


 この様な逃走劇を続けて一体どれ程になるだろう? 一時間近く続けた様な気もするし、五分程度しか経過していない気もする――極限状態の中で、時間の間隔は疾うの昔に狂いに狂っていた。


 此方側の攻撃は一切通らず、向こうの火力は圧倒的。僅かな望みを賭けて残弾払底を狙っているものの、一向に攻撃が止む様子はなく――背後から迫る走行音に混じり、再び聞こえて来る空転音。また魔力ガトリング砲が火を噴くと、エクシアが隣を駆けるラスティに叫ぶ。

 彼女は攻撃を防ぐ為に大空の指輪からガジェットを取り出そうとする。


「えっ、あ、あれ……?」


 しかし、幾ら探れど出てくるのはエンプティ状態のガジェットばかりで、未使用のものは一つたりとも残ってはいなかった。その事実に気付き、ラスティは冷や汗をかく


 


「防壁ガジェットはさっきので最後だ」

「嘘ぉッ!?」


 ラスティの声に、前を駆けていたデュナメスが愕然とした表情で振り返る。全員の顔色が一変し、背後から迫る音はどんどん大きくなっていた。最後尾を駆けていたエクシアが突き出される魔力ガトリング砲に苦笑を浮かべる。


 次の攻撃を防ぐ手立ては――無い。



「っ、正に窮地ね――ッ!」


 だが、エクシアの瞳に諦観の色はなかった。それを理由に諦める事はしない。仮に倒れるとしても、その時は前のめりに倒れよう――そんな想いが彼女の中にはある。


 いざとなれば諸共、そう考え足を止めたエクシアの視界に、しかし弾丸の雨が降り注ぐ事はなかった。


「……!?」


 空転していた魔力ガトリング砲が徐々に停止し、走行していたジャスティスの動きが不自然に硬直、まるで出来の悪いマリオネットの如く色褪せて行く。高い唸り声に似た稼働音は徐々に形を潜め、低音へと偏差していた。


 


「……あ、あれ?」


 


 頭を抱え、攻撃に備えていたラスティやデュナメスも異変に気付き、全員が駆ける足を徐々に緩めて行く。そうしてエクシアと同じように足を止めて振り返れば、ジャスティスも同じように速度を落とし、軈て突き出していた火器や盾を下げ、頭部だけが痙攣する様に振動し、その挙動の一切を停止した。


 


「ジャスティスの動きが……」

「な、何か急に、停止した?」

「これは一体――」


 全員が疑念と共に声を発せば、不意に装着していたインカム、ポケットに突っ込んでいた携帯端末から声が響く。



『ふぅ……まぁ、何とか間に合ったかな』


 それはネフェルト少佐のモノではない、しかし全員聞き覚えのある声だった。慌てて端末を取り出せば、いつの間にか通信が繋がっており、画面の向こう側に佇む諜報防諜部門の姿が見えた。


 彼女は端末に備え付けられたインカメラに向かって微笑むと、緩く手を振る。




『んっ、皆、無事?』

「諜報防諜部門……流石ね」



 端末を握り締め驚愕の声を上げるエクシア。


『ネフェルト少佐に掌握された魔法通信回線を互角程度まで持ち出しした。世界封鎖機構は、こっちの魔導技術を甘く見ていたようね』

「この魔導ゴーレムNo.9ジャスティスは動かない?」

『一時的に行動命令を停止に書き換えているだけで、すぐに動き出す。早急な撃破を』

「了解した。諜報防諜部門の奮戦に感謝する」


 ラスティはジャスティスに近寄る。エクシアとデュナメスはあまりにも不用心な動きに思わず止めようとするが、ラスティが手を挙げて静止する。


「物を収納して、取り出せる大空の指輪。持ち運びに便利な能力だが、これを少し考え方を変えれば、面白いことができる筈だ……このジャスティスの一部分だけを取り込む、とか」


 ゴリッ!! と音を立ててジャスティスが崩れ落ちた。ラスティの触れた部分が丸ごと抉れておりバランスを崩して倒れたのだ。そしてラスティの手から、円形に切り取られたジャスティスの一部が排出され、落下する。


「想像通りだ。指定した範囲を問答無用で収納できる。それはつまり防ぎようのない切断ができるのと同義だ。あとは動いているものにも有効なのか試してみるべきだな。概念的なものを収納できるかも調べないと……父さん、これは良い指輪だ」


 ラスティは大空の指輪に触れながら笑う。

 指定したものを格納する指輪。それだけ聞けば便利な指輪でしかない。しかし、指定した範囲を消失させる指輪でもあるのだ。

 そこに防御力や、仕組みなどは関係ない。それを利用すれば、指定した対象の一部だけを削り取り、破壊する圧倒的な攻撃力へと変化する。


 国宝とされた大空の指輪の真骨頂は、日常生活ではなく戦闘でこそ発揮される攻撃性にこそあったのだ。



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