第12話:旧時代の王女①

 ミッドガル近郊────廃墟。魔導が発展した近未来的なミッドガルの都心から距離がある此処は廃墟と瓦礫の山が立ち並ぶ、放棄されて久しい場所だった。


 それもそのはず、この場所は世界封鎖機構が立ち入りを制限していたのだ。ミッドガル帝国ではなく、世界封鎖機構が。


 基本的に自治区の統治は各国に任せている世界封鎖機構が態々干渉してまで立ち入りを固く制限していた謎の領域……魔導と叡智を肯定するミッドガルの特異点。

 計数されざる場。その詳細は一切不明だ。


 これまでは危険な地域だから、という理由で立ち入りを制限していたのだが……危険な理由が不明なのだ。単純に危険な存在が居るのか、あるいは魔力汚染のように環境が悪いのか。それとも地盤が緩いのか。誰も入ったことがないのか、そもそも入ることができないのか。入ったら最後、戻ってこれないのか。或いは、特定の人物でないとこの廃墟自体が意味を成さないのか。



 この場所の詳細を知っている可能性があるのは世界封鎖機構の司令官しかいないだろう。


 魔装ゴーレムギアで変身して、戦闘モードのラスティとエクシアとデュナメスは、此処にあるものを探しに来ている。


「他に道は?」

「ないわ」

「うまくないね、この状況は」

 

 三人は体を丸めて瓦礫に身を隠していた。その向こう側ではゴーレムが数体隊列を組んで歩いている。正常か、或いは異常か。何方かは分からない。だが、廃墟と言われるにしては徘徊しているゴーレムの状態がそれなりに良い事が気がかりだ。何処かに生きているメンテナンス施設があるのか。それとも、廃墟とは名ばかりでこの場を整備している誰かが居るのか。


 静かな都市に響く魔力音が遠のいた事を確認したデュナメスは片目だけ瓦礫の外に出し、簡易的なクリアリング。ゴーレムも、ワイバーンもいない。


「よし、今のうちに行こう」

「待ちなさい」


 瓦礫を飛び出そうとしたデュナメスの襟を摘まんで引き留めたのはエクシアであり、その顔には驚きやら何やらで一杯だった。彼女は捲し立てるように口を開く。


「いったいここは何!? あんな謎のゴーレムが、数え切れないぐらい動き回ってるのは! 説明をしなさい」

「何って……もう何回も言ってるじゃん。廃墟だよ。出入り禁止の区域っていうからまあ、ある程度の危険は覚悟してたけど。いやあ、冷や冷やするね……」


 正にゲーム感覚で危険極まる場所に足を踏み入れたデュナメス。そんな彼女に呆れたエクシアは溜息を吐いて、改めて周囲の状況を確認する。


 何処を見ても廃墟。崩れた道路とライフライン。そして、魔導兵装を持ちながら徘徊するゴーレムと、ワイバーン。総じて、穏やかとは口が裂けても言えない雰囲気だった。まるで人間が排斥されたような都市。実際に足を運んでみても謎は深まるばかりだった。

 


「あのゴーレム、いったい何なのかしら? ううん、それより……あんなのが幾つも欲してるこの廃墟って一体?」

「うーん、私も情報部門からちょっと聞いただけだから、分からないことだらけだけど……本来、ここの出入りは厳しく制限されてた、ってとこまではボスにも言ったよね?」


 その問いにラスティは首肯すると、デュナメスは満足そうに頷いて。


「ここの出入りを制限して、存在自体をできるだけ隠そうとしてたのは……世界封鎖機構だった」

「世界封鎖機構って……世界のバランス管理をしている組織ね。けど司令官がいなくなって大変って聞いていたけど」

「そうそう。あの人がいなくなってから世界封鎖機構の兵力も撤収しちゃって、そのまま放置されてるみたい」

「そのおかげでこうして入り込めたわけだ」


 ラスティの言葉に、デュナメスは頷く。


「情報によると、ここはミッドガル帝国から消えて忘れ去られたものが集まる、時代の下水道みたいな場所なのかもしれない……って」

「時代の下水道……嫌な想像をしてしまうな」


 ラスティは顔を顰める。そして言う。


「まぁ、だからこそここへ足を運んだんだ。ミッドガル帝国の破棄された技術、忘れ去られた遺産。それが腐敗派に渡るのは避けたい」

「過去の技術を利用するというよりは、流出しないように封印または消滅させるのが任務、ということね」

「ああ、その認識で間違いは……回避ッ!!」


 ラスティの言葉と同時に、三人は一気に飛ぶ。

 ゴーレムから放たれた魔力砲撃が、先程まで3人が隠れていた瓦礫を消滅させていた。 

 謎のゴーレム集団はまるで仇のように執拗に攻撃を加えてきた。


「防御結界を展開しろ! あのゴーレムの魔力砲撃の直撃を受ければ、いくらゴーレムギアの装甲といえどダメージは避けられん!!」

「了解」

「おーらい」


 の防壁に弾かれた銃弾を見て効かないと判断するや否や、ブレードを片手に突貫したり、或いは高火力兵装を持ち出したり。しかも、近辺で徘徊するゴーレムに召集を掛けたようで、時間が経つに連れて数が増える始末。


「ぐ、このままでは……」

「撤退しましょう」

「囲まれている、どこへ!?」

「前だ!! 全魔力を防御結界に使用して包囲網を突破する!!」


 三人は全方位から放たれる魔力砲撃に耐える防御結界を展開しながら、走って前方へ逃げる。そして目の前の敵を躱して、走る。


 背後から迫る魔力砲撃の雨霰、殺意が高すぎる高火力兵器と半ば自爆特攻染みた近接攻撃に背中を向けながら全力疾走し、必死になって隠れる場所を探していた所……工場の様な施設を見つけた。扉が解放されていると見るや否や、転がり込むような勢いで中に入り、レバーを壊さんばかりに思いっきり引いて入口を閉めると重厚なシャッターが下りる。数秒と経たず外界から遮断され、工場の電源が生きているのか自動で非常灯が点灯した。


 取り敢えず、一旦は難を逃れた。だが、もたもたしていると火力に物を言わせてシャッターなんか直ぐに突破されるだろう。安全に籠城できるのは長く見積もっても10分弱。その短い間に体制を立て直し、あのゴーレムをどうやって相手にするかを考えなければならないのだが……。



「おかしいわ……?」


 その異常を一番早く口に出したのはエクシアだった。彼女はシャッター……正確には、その向こう側を怪訝そうに見つめながら口を開く。


「あのゴーレムたち、急に追ってこなくなった……?」



 そう、急に追って来なくなったのだ。シャッターの向こう側からは音1つ聞こえない。立て籠もられたと判断するや否や即座に突入の為の工作をすると思っていたが、その様子は感じられない。いや、シャッターの向こうからは物音一つすら聞こえないのだ。


 音を完全に遮断できるほど分厚くない事は目で確認している。故に、向こう側では本当に何も起きていないのだろう。ゴーレムならサーモセンサーや動体感知センサー、赤外線センサーくらいは標準装備している。シャッターを隔てた程度で見失う訳がない。


 


 故に考えられるのは────意図的に追撃を止めたという事。あのゴーレム達はこの工場に足を踏み入れる事ができないようにプログラムされているのだ。それも、侵入者の排除という命令よりも上位の位置づけで。それだけ大事な場所の扉が開けっ放しだったのは気になる部分だが……今はそんな事を考えていられない。 


「この工場に入るまでは、恐ろしい勢いで向かってきたのに……何でか分かんないけど、とにかくラッキ~、で良いのかな?」

「ラッキーかどうかは、これから次第だ」


 楽観的なデュナメスと、この状況を重く受け止めているラスティ。


「本当にここ、何をするところなのかしら?」

「世界封鎖機構は、あのゴーレムたちがいるから出入りを制限してた……とか」

「いや、あのゴーレム達が世界封鎖機構の秘密兵器で、とかは考えてみたが……何か引っかかってる。大事なことを見落としてるような、それに……」

『────接近を確認』


 その時、無機質な機械音声が聞こえた。


「えっ、な、なに?」

「部屋全体に、音が響いてる……?」


 三人は互いに背中合わせになり、周囲を警戒する。工場全体に響くような音声は恐らく各所に設置されたスピーカーから聞こえるものだろう。


『────対象の身元を確認します。エクシア。資格がありません』

「なぜ私のこと知ってるの?」

『────対象の身元を確認します。デュナメス。資格がありません』

「私のことも……一体、どういう……?」


 2人の疑問を置いてきぼりにする機械音声。当然の如く彼女達を知っているのは、恐らくミッドガル帝国の首都の地下にある国家運営魔導システムのデータベースにアクセスしているからだろう。それだけの特権をこの工場は持っているのだ。


 旧き時代の名残。何らかの理由により世界からいなくなってしまった、前期の知生体が残したもの。それが今期の知生体と会合を果たそうとしている。新たな時代の為に。


『────対象の身元を確認します……ラスティ・ヴェスパー大臣』


 そして、その確認は遂にラスティの方へ向く。2人とは異なり、個体名なまえではなく大臣という役職でも呼称された彼。



 ラスティは息を吐いて、天井近く……設置されているカメラの奥、この工場を統括している意志と視線を合わせる。

 そして。


 


『────資格を確認しました、入室権限を付与します』

「ええ!?」

「え、どういうこと!? ボスはいつこの建物と仲良しになったの!?」



 認証を弾かれた2人は驚愕の表情を浮かべながら彼を見る。先ほどまで素っ気無かった建物が初めて生命に振り向いたのだ。しかも、認証を通ったのは現地人の人間ではない。転生者という異邦の彼。異常と言う他ないだろう。


 


「……」

「ボス……?」


 そして、認証をパスしたラスティは無言で統括意志を眺めていた。特に何かをするわけもなく、無言で、驚くことすらせず。まるでそれが最善だと分かっているように。



『────エクシアとデュナメスを、ラスティの同行者として資格を与えます。承認しました』


 暫くしてエクシアとデュナメスの2人も認証された。ラスティの同行者としての認証、ワンタイムパスワード。これにて3人全員がこの施設の最奥へ足を踏み入れる資格を認められたことになるのだが、この場は行き止まりだ。正確には行き止まりではなく、目の前に扉と思わしきものはあるのだが、開く気配は一向になかった。


 だが、認証が通った今なら或いは────そう思った所で。



『────下部の扉を開放します』


「……下部の扉? この目の前の扉じゃなくて?」

「それより、下部ってもしかして……?」



 エクシアは恐る恐る下を見る。鉄製の冷たい床。非常灯の明かりに照らされたそれは、よく見ると一筋の線が入っていた。



「流石に違うでしょ。どこからどう見てもただの床────」


 言うや否や、床が線に沿って真っ二つに分かたれた。地面を踏みしめていたはずの手足は今や空中。ふわりと感じる無重力。そして────そのまま3人は重力に従い自由落下運動を始めた。


「ゆ、床が無くなっ……落ちるっ!?」

「冗談じゃないぞ!」


 空中でじたばたとする2人。突然バラエティー番組の罰ゲームのようなものをその身で体験させられて思考が追い付いていないのだろう。

 ラスティは背中から魔力ブースターで推進力を発生させ、2人を抱えて、ゆっくりと着地した。


 そしてそこには巨大な台座があった。中央に、何かある。


「あれは……女の子?」

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