幕間18

「えっと……、想定より重い話が来ちゃって動揺してますけど大丈夫です」

「まあ言うてそれから子供できてないしな」


重さに拍車をかけるな。


それはそうと、においの正体について、一つ思い当たったことがある。けれど、それだと辻褄が……いや、もしかしたら。


「あの、一個質問なんですけど。先輩って妊娠中の奥さんの裸見ました?」

「ばっっっっお前何言ってんだよ!!」

「あ、その反応は見てないんすね。わかりました」


それと、と私は付け足す。


「先輩ってゴミ出しの時、本当に家じゅうのゴミ集めてます?」

「質問の落差が酷ぇよ。当然だろ、それがゴミ出しなんだから」


意外と偉いな。それなら、私の予想が当たっているかもしれない。


酸っぱいような甘いような、日常生活で——特に、知らないにおいといえば。


「先輩、そのにおいってもしかしたら——」

「こんなところに居たの?」


私が最後まで言葉を言い切る前に、それを知らない声が遮った。女の人の声。背後から聞こえたため振り返ると、そこには綺麗な人が居た。


黒髪は長く艶やかで、化粧は薄いのに透明感がきっちりと出ている。顔立ちも優し気で整っており、美人と言って差し支えない。そこまで考えて、先輩の奥さんか、と思う。


「見かけない人だけど、誰?」

「俺の大学生んときのクソみてぇな後輩」

「は? 誰がだ」

「てめぇだわ」


ぼっちのほぼ面識のない先輩にも話しかけてあげる可愛い後輩だろ。


「あ、俺の妻の早百合。美人だろ」

「そうですね、もったいないくらい」

「ほんっと可愛くねぇなお前」


まあ先輩は性格がねじ曲がっていたりはしないため、本気で言っているわけではない。外見で人を判断するクズ相手には苦労するだろうなとは思うが。というか意地の悪い後輩にもご飯を奢ってくれる人は基本良い人である。一度別の先輩に「借りだな」と言われ関わりのない部のゴミ溜めこと部室の掃除を手伝わされたけれど、そういう連中以外は良い人である。


「もったいないとは思いますけど、本人が納得しているなら文句は言いません。部外者ですし」

「そういうドライなとこは良い奴なんだけどな」


それって冷血漢である以外に良いところはないという意味では。ちなみに性格がクズと言われたので、大学の同窓会で言いふらそうと思う。


「そうなのね。夫がお世話になっています」

「あ、ひさっしぶりに会ったんでほぼ他人です」

「ドライすぎねぇ?」


というかクソだの冷血漢だの言ってくる人とは一緒に居ても楽しくないのであとはお二人でどうぞ(意訳)とだけ言い、私はその場を後にした。


奥さんがどんな人かわからなかったからだ。



心当たりのあるにおい。それは、経血のにおいだ。独特なそれを言葉で表現しようとすると、『甘いような酸っぱいような変なにおい』となることに不思議はない。そして、男性である先輩には馴染みのないものだろう。


それで、経血のにおいがするということは、生理が来ている人が居るということで。のに、それはおかしい。男性に生理が来るなんてトンデモが起きるとは思えないし、第一自覚があるなら不思議でもなんでもないだろう。奇妙だけど。


ということはつまり、奥さんは。そしてそれを隠していた。お腹の大きさは服の下でいくらでも誤魔化せるだろうし。流産なんて当然だ。最初から居ないんだから。


けれど、もしこの想像があっていたとして、その理由がわからない。それに、あっていなかった場合、奥さんに対する酷い侮辱になる。それは絶対にやってはいけないことだ。そもそも、どうしても真相が知りたいわけではないし。


ここまで書いて、私は溜息を吐く。これは原稿には加えられない。残念だが、カウントはしないでおこう。


私は二つの文章データをゴミ箱に移動させた。

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