3話

 ゲントがふたたび目を開けると、今度は薄暗い通路のような場所にいることに気づく。

 周囲を見渡せば、近くでローブ姿の女が倒れているのが目に入った。


 すぐさま近寄って声をかける。


「大丈夫ですか?」


「っ・・・」


 女はゆっくりと頭を押さえながら体を起き上がらせる。


 おもむろにフードを脱ぐと、彼女の素顔が明らかとなった。


(!)


 それを目にしてゲントは思わず驚く。

 相手がとんでもない美少女だったからだ。


 真っ先に目を引いたのはツインのお団子ヘアだ。

 蒼色のうしろ髪は流して三つ編みにしており、前髪で片目が隠れている。

 

 黒いローブ姿という質素な恰好のためか、透明感あるその整った顔立ちが余計目立っていた。


 どことなく、芯の強さを感じさせる気高さが彼女にはあった。


 歳はだいぶ若い。

 女子高生の年齢くらいだろうか。


 そんなことをゲントが考えていると。


「驚いたね、キミ・・・。まさかそんな年上だったとは」


「え?」


「いや、失礼。さっきは顔がわからなかったから」


 そこでゲントは、さっきまで顔に装着されていたものが消えていることに気づく。


「あれ? 仮面が無くなってる・・・」


「ここへ飛ばされる際に壊れたのかもしれない」


 少女いわく、先ほどの仮面は抗魔のペルソナというものらしく、召喚されてこの世界へやって来る者はかならず身につけているもののようだ。


「外界との急激な世界線の変化によって、精神を壊してしまうのを防ぐ役割があるんだ。あれは、召喚する側が魔法を使う際に一時的に創造するものなんだが・・・いわばイメージみたいなものだから。けっこう壊れやすいんだよ。特別大事なものってわけじゃないからね。気にしないでいい」


 話を聞いてもあまりピンと来ないゲントだったが、とにかくあの仮面のおかげで無事に異世界へと来ることができたようだとホッとする。


 疑問が解けると、すぐにまたべつの疑問が浮かんだ。 


「それで、ここはいったいどこなんでしょうか?」


「たぶん、無限界廊と呼ばれる場所だと思う」


「無限界廊?」


「別名、不連続時空間。一度入ったが最後。決して出ることは叶わないと言われてるんだ。もちろん、実際に入るのははじめてだから噂でしか聞いたことがないんだけどね」


 なんだかいきなりものすごいことに巻き込まれてしまったらしい。


 異世界生活を楽しくエンジョイできるという女神の話とだいぶ差異があるとゲントは思った。


「でもぜったい出口はあるはず。諦めるのは早いさ」


「なんか王様が本を手に取って、なにやら詠み上げてましたけど。あれが原因なんでしょうか?」


「そうだね。グレン王が持っていたあれは・・・おそらく旧約第11巻の『時空の書』」


「『時空の書』・・・」


「『学問の書』で学んだことがある。あの〈無空終焉の混沌マギカデスエンドレス〉は、『時空の書』に記された上位魔法。空間を歪め、対象者を永遠の檻――無限界廊へ閉じ込めるっていう魔法さ。だけど・・・本来ならそんな魔法が使えるなんてあり得ないんだ」


「どうしてですか?」


「旧約魔導書はすべて禁書となっているからね。先代の賢者が『誓約の書』の魔法を使ってそう決めたんだよ」


 それからゲントは少女からさらに詳しく話を聞く。

 すると、いくつかわかったことがあった。

 

 どうやらこの異世界では、魔法は魔導書と呼ばれる書物を使用して発動するようで、その魔導書には新約と旧約の2種類があるという話だった。


 それぞれ13冊あるようで、以下がその一覧である。


==================================


【新約魔導書】


第1巻『火の書』・・・火魔法

第2巻『水の書』・・・水魔法

第3巻『風の書』・・・風魔法

第4巻『雷の書』・・・雷魔法

第5巻『光の書』・・・光魔法

第6巻『治癒の書』・・・回復魔法

第7巻『強化の書』・・・強化魔法

第8巻『補助の書』・・・補助魔法

第9巻『生成の書』・・・生成魔法

第10巻『禁止の書』・・・禁止魔法

第11巻『召喚の書』・・・召喚魔法

第12巻『学問の書』・・・学習魔法

第13巻『交信の書』・・・伝達魔法


==================================


【旧約魔導書】


第1巻『烈火の書』・・・最上位火魔法

第2巻『蒼水の書』・・・最上位水魔法

第3巻『翠風の書』・・・最上位風魔法

第4巻『轟雷の書』・・・最上位雷魔法

第5巻『暁光の書』・・・最上位光魔法

第6巻『結界の書』・・・結界魔法

第7巻『物質の書』・・・創造魔法

第8巻『操作の書』・・・操作魔法

第9巻『蘇生の書』・・・蘇生魔法

第10巻『誓約の書』・・・神聖魔法

第11巻『時空の書』・・・時空魔法

第12巻『滅亡の書』・・・究極魔法

第13巻『???』・・・???


==================================


 旧約魔導書第13巻の1冊だけはその内容が現在まで不明のようだ。

 

 そのほかにも新約と旧約で大きく異なる点がひとつあると少女は口にする。


「旧約魔導書が実物で存在するのに対して、新約魔導書は概念でしか存在しないんだ」


「概念・・・ですか?」


「でもその代わり、新約魔導書は魔晄に呼びかけることで、誰でも手にすることができるんだよ」


 大気中には魔晄と呼ばれる魔素マナの元素が存在するのだという。


 この異世界では、人々は死ぬと肉体に残っていた魔素が弾けて大気に還るようで、それが時とともに魔晄へと変化するらしい。

 力ある者ほどその影響を及ぼす範囲は広いとのことだ。


 なお、新約魔導書を手元に呼び出してからの魔法発動のプロセスはそこまで複雑ではない。


 魔導書に記された詠唱文を詠み上げさえすれば、目の前に立ち上がった魔法陣から魔法が放たれるようだ。

 

 ただし、途中で詠唱文を削ってしまうと魔法は発動しない。

 詠唱文を口にすることで魔晄の承認を得ているため、それを破棄してしまうと無効となるのだ。

 

 実際に使ったわけではないので、そう説明されてもあまりピンと来ないゲントだったが、どうやらこの異世界では、魔晄がとても重要な役割を果たしているということは理解できた。


(てことは・・・旧約魔導書の方が希少性が高いってわけか)


 誰でも呼び出せる新約と違って、旧約はこの世界に13冊しか存在しないからだ。

 しかも、旧約はその所有者しか魔法を発動することができないらしい。


 いかに『時空の書』が貴重なものであったかがわかる。


(でも、それら旧約魔導書は先代の賢者によってすべて禁書になっているんだよな?)


 専用のブックケースに入れられ、ぜったいに使用できなくなっているという話だ。

 話をひととおり聞いた今なら、ゲントにも少女の驚きが理解できた。


「ひとまず。グレン王がどうして『時空の書』を使えたのかは置いておこう。ここから脱出する方が先だからね」


 ゲントも頷いて同意を示す。

 こんなところで死ぬようなことになれば、元の世界へ戻ることもできないからだ。


 ローブの少女は気を取り直したようにこう続ける。


「状況を整理したい。まずはお互い自己紹介しようか。私の名前はフェルン・コンチェルト。キミは?」


「トウマ・ゲントって言います」


「ゲント君か。いい名前だね。これからよろしく」


 黒いローブの少女――フェルンが手を差し出してくる。

 ゲントはそれを握り返した。


 彼女はたまたま召喚士として国王に選ばれ、城へ招かれていたのだという。

 だから、国王専属の臣下とは異なるようだ。


 その年齢は17歳。


 国王に選ばれた召喚士としては、ずいぶんと若いようにも感じられたが、この世界では特別珍しいわけでもないらしい。


「私くらいの年齢なら、ちょうど魔術師として脂が乗ってるような時期だよ。だから、モンスター相手の魔法なら任せてくれ」


 そう言いながらフェルンは笑顔を覗かせた。


 魔法が当たり前に使われるように、この異世界ではモンスターも当然のように存在するみたいだ。


 ここ無限界廊は、ダンジョンとダンジョンを永続的に繋いだような場所らしく、おそらくモンスターがたくさん出現するとフェルンは付け加える。


 状況が違えば、モンスターとのバトルなんかはワクワクするイベントと言えたが、さすがにゲントもそんな気分にはなれない。


(なんとか生きのびて脱出しないと)


 そのためにも今の自分がどれだけの力量を持っているのか、ゲントは気になった。

 それは、ちょうどフェルンも気になることのようだ。


「ゲント君。ひとつ確認したいことがあるんだけどいいかな?」


「なんでしょうか?」


「キミが本当に賢者じゃないのか、それを確かめたいんだ。こう言ってはなんだが、私としてはきちんと賢者を召喚したつもりなんだよ」


 フェルンはまだ半信半疑の様子だ。

 ゲントが聖剣に触れられなかったのは、なにかの間違いと考えているのかもしれない。


「どうすればいいんでしょう?」


「まずは光のパネルを立ち上げてステータスを確認してほしい」


「ああ。ステータス確認ですね」


 いわゆる異世界作品の定番だ。

 それと同時にロマン溢れた要素でもあった。


(スキルとかあったりするのかな)


 ひそかに胸を躍らせながら、ゲントはフェルンからその手順を教わる。

 

 どうやら先ほど教わった新約魔導書を手にするプロセスとそこまで差異はないらしく、ここでも魔晄への呼びかけが必要なようだ。


「魔晄に呼びかけることで光のパネルを呼び出し、ステータスを視覚的に確認できるようになるんだよ」


「なるほど」


 モンスターを調べる際にもこれは有効なようだが、ある程度の距離に近づかないと確認することはできないらしい。

 また、光のパネルは1人につき1つしか立ち上げることができないのだという。


「とりあえず習うより慣れろだ。実際にやってみてくれ」


「わかりました」


 言われたとおりの手順でゲントは魔晄に呼びかけると、お決まりのセリフを声に出す。


「ステータスオープン」


 直後、ゲントの目の前に光のパネルが立ち上がった。

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