怪力令嬢シャルロッテは「か弱く」なって恋がしたい!〜待っていたのは王太子の溺愛でした〜

三月よる

1.わたしが怪力令嬢です!①

「はあ……やっぱり愛されヒロインは『か弱い』のね」


 日当たり良好の白亜のガゼボで、大きくため息をつく娘がいた。

 彼女の名はシャルロッテ・シルト。

 シルト侯爵家の長女であり、王都でも指折りの美しい娘である。

 その美貌は両親の血を色濃く継いでいた。

 華奢な体とビスクドールのような目鼻立ち、ミルク色の生肌や、ミルクティー色の髪は母譲り。透き通るエメラルドの瞳は父譲りだ。

 彼女の美しさに誰もが心奪われたが、肝心の求婚者はほぼいない。

 理由は1つ、それはシャルロッテが「怪力令嬢」だから。

 彼女は感情が昂ると、なんとも超人的な力を発動する「怪力体質」なのである。

 ゆえに彼女には、感情が昂ると自分の意に反して何かと物を破壊してしまう悪癖があった。

 では、過去の実例を挙げてみよう。

 ある時はお茶会でドレスを褒められ「歓喜」のあまりティーカップを割った。

 またある時は、舞踏会でダンスを申し込まれた「ときめき」でシャンパングラスを割ってしまったこともある。

 でもまあ、それくらいなら可愛い方で。

 本格的な怪力逸話といえば、平民を轢こうとした馬車に「怒り」心頭して、片手で車体を持ち上げた話とか。

 またある時は、倒伏する大木を「恐怖」のあまり拳で真っ二つに割ったこともある。

 まあその時は木の下にいた子供をたまたま助けており、結果オーライ……だったのだが。

 しかしシャルロッテの「怪力令嬢」の異名が認知され始めたのも、求婚が激減したのもその頃だった。

 最近ではその異名が原因で婚約破棄までされる始末で。

 今にして思えば、自分の逸話が増えるたびに婚約者の表情が曇っていった気がする。

 けれど元々頻繁に顔を合わせる間柄でもなかったゆえに、釈明や挽回する機会も設けられなかった。

 そして3ヶ月前、カフェに呼ばれた時。それがデートだと思い込み「喜び勇んだ」シャルロッテは、婚約者の前でフォークを捻じ曲げてしまったのである。それがトドメだった。


『美しい令嬢だと思っていたのに……「怪力令嬢」は御免です。僕は「か弱い」女性らしい方が好きなので』


(わたしだって心は繊細で「か弱い」令嬢ですけれど……!?)

 

 そして最近、彼に関しての噂を耳にした。

 どうやら彼はシャルロッテと婚約破棄後、公爵令息の身でありながら平民の娘と懇ろにしているらしい。

 シャルロッテは家柄よりも「か弱さ」が物を言うのだと学んだのだった。

 そしてその婚約破棄を受け、シャルロッテの将来がいよいよ不安になったのが父親のシルト侯爵である。

 彼は宮廷医師や生物学者にシャルロッテを診せた。しかし結果は揃って「え、なんか分かんないけど凄くない?」とシャルロッテの謎に感心されるばかりで。

 幼い頃から不本意かつ理不尽な思いをしてきたシャルロッテも御年18歳。

 彼女は思った。


 ──か弱くなりたい! 恋がしたい!


 シャルロッテはその切実な思いが天に届くよう手を組んで空を見上げた。

 か弱くなれますように。恋ができますように。そして願わくば、その恋が成就しますように、と。

 そうしてシャルロッテが眉を寄せて念じていると侍女が現れた。


「お嬢様、お作りになった生ショコラケーキが冷えました。本当にお1人で王宮に行かれるのですか?」

「ええ! お父様も王宮に泊り込みでお疲れでしょう? だからサプライズで差入れするの。喜んでいただけるといいけど」

「きっとお喜びになられます。なにせお嬢様が調理器具を壊さずに作られた貴重なケーキですから!」

「そこ……なのね」


 それからシャルロッテは馬車で王宮へ向かった。渾身の手作りケーキを膝の上に、大事に大事に置いて。


「シルト侯爵ですか? ただいま会議を終えて会議室で休憩されていらっしゃるかと」


 王宮に着いたシャルロッテは長い廊下を進んだ。

 ケーキが入った箱をなるべく傾けないよう両手で持ち、父親の喜ぶ顔を思い描く。

 そして目的の会議室に到着すると、衛兵が巨大かつ豪奢な扉を厳かに開けた。

 シャルロッテは室内へ駆け出すように一歩踏み出した、その時だった。


「ご機嫌ようお父様! お疲れだと思ってケーキをお持ちしっ……きゃっ!?」


 シャルロッテはちょうど室外へ出ようとした人にぶつかり、よろけたところをその人物に支えられた。

 結構な衝撃だったため、まずはケーキの安否を確認する。どうやら崩れた形跡はないようで、シャルロッテはホッと胸を撫で下ろした。

 すると頭上から甘く低い声がした。


「すまない。平気か?」


 シャルロッテは自分よりもずっと高い上背のその人を見上げた。

 そしてその瞬間、彼女は蛇に睨まれたように固まってしまう。


(う、嘘でしょう? まさかそんな……!)


 シャルロッテはその人を1度だけ見たことがあった。舞踏会の人だかりの中で、常に冷静かつ美しく微笑んでいたその人は──


「スワード殿下! うちの娘が大変申し訳ございません!」


 そう「王国の麗星」と名高いスワード王太子殿下、その人だ。

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