雪に泳ぐ魚 (コバルトノベル長編/一次選考突破・43,000字)
源公子
第1話 双子は畜生腹だ、女は捨ててこい
「双子は畜生腹だ。男と女の双子は心中者の生まれ変わりと言って、尚更縁起が悪い。跡取りの男だけ残して女は捨ててこい」
一八九八年(明治三十一年)十一月五日。
私と兄さんが生まれた時、お祖父さんはそう言ったそうです。
石に金具をつけた様な堅物で、昔気質の人でした。
子煩悩な父さんでしたので、言われたからと言って、可愛い我が子を捨てるなんて出来るはずも有りません。
お祖母さんが知恵をつけてくれて、父さんは私を抱いて、神社に弟の継男叔父さんと出かけていき、私を置いて隠れます。
「おおこんな所に捨て子が」
と叔父さんが拾い上げ、その足で役所に養女の届を出し、その日のうちに私は我が家に戻ってきました。
「継男が捨て子拾ったんじゃが、もう娘がおるし、女は二人もいらんて言うが。
ワシの家には女の子はおらんしな」猿芝居もいいところです。
なので私は、戸籍上は養女となっています。
でも、そんな大人のゲン担ぎのごまかしなど関係なく、私たち兄妹は母のお腹から出た後も、離れる事なく一緒に育っていきました。
◇
「堅雪かんこ、凍雪しんこ」私と兄さんは小さな雪靴を履いて雪原にでました。
雪が凍って、いつもは歩けないススキでいっぱいの野原の上でも、好きな方へどこまででも行けるのです。
雪原は、たくさんの小さな小さな鏡のように、キラキラキラキラ光っていました。
二月の終わり、春の最初の仏花は猫柳。
取りに行くのは子供の仕事。今年初めて、二人だけで川辺にさがしにきたのです。
「かんかん寛治、しんしんしーのぶ。蹴って蹴ってトントントン」
「猫柳、この辺に大きいのがあったはずだ」
「みて、こっちの丸くて小さいの、赤猫柳だ。可愛い。」
「こっちの大きいぞ、くそ、高くて届かない」
「登るの? 危ないよ」
「隣の松も、一枝お供えしよう」
「お正月は終わっちゃったよ」
「良いじゃないか、松の枝すきなんだ。いつも青くてツヤツヤしてて。
お祖父さんの名前は松蔵だよ、松蔵様へのお供えだ」
お祖父さんは相変わらずの頑固もので、何かにつけて父さんを叱り、特に私にはキツかったのです。
それで、夫婦で離れに新しい小屋を立てて住むことにしたのです。
古着のお店のある母屋で一緒の食事の時以外は、怖いお祖父さんの顔をみないで済むのです。
「うさぎの足跡がある。こっちは狐だ。ばかされる前に帰ろ。雪が柔らかくなるといけない」
「狐コンコン狐の子、狐の団子は兎のウンコ。蹴って蹴ってトントントン」
帰ると、父さんが古着の行商の仕事から帰っていました。
「どこに行っても戦争の話ばかりだ」
と言いました。
一九○四年二月に、日本は大国ロシアと、戦争を始めたのです。冬でも海面が凍らない港、不凍港獲得を求めてロシアは南下政策を始め、ついに日露交渉は決裂。日本はロシアに宣戦布告をしたのです。
百万人を超える兵隊が大陸に送り込まれ、負傷兵の数は十五万人にも達した激しい戦いでした。
「お土産があるぞお」
父さんのお土産はかりん糖と、黒と赤の鯉のぼりでした。
鯉のぼりは、昔は和紙で作っていたのですが、漁船の大漁旗を作っている店が、今年から布製の鯉のぼりを作ることになり、試作品を安く譲ってもらったのだそうです。
長さだけで二間(三・六メートル)近くある大きいものでした。広げると二匹並んで六畳間の部屋がいっぱいになったのです。
「すごーい大きい。鯨みたーい」と私。
「しのぶ、中に入れるよ」と兄さん。
「こら、破れるやめんか」と父さん。
「あらら二人とも鯉に食われちゃったよぉ」
大きな鯉の口から頭だけ出したのを見て、母さんが笑います。
「でもさ、お父さん。こんな大きな物どうやって飾るのス?」
田舎育ちで、鯉のぼりを初めて見た母さんが、不思議そうに言いました。
「あ、しまった。そこまで考えてなかった」
うちには鯉のぼりを立てる竿がないのでした。父さんは慌てて杉棹を注文しました。
鯉は、私達には馴染み深いものでした。
お祖母さんが嫁入りの時、本家が買ってくれた田んぼの横のため池で、父さんは鯉を育てていたのです。
じきに私たちの弟か妹を産む、母の滋養のためでした。鯉コクは、体にとてもいいのだそうです。
「弟かな、妹かな」
兄さんが言うと、
「男なら清六、女ならシゲ」
かりん糖を食べながら父さんが言いました。
父さんは、仕事で他所に行くたび、必ずかりん糖をお土産に買ってきます。
母さんが、かりん糖が大好きだからです。
「おいしい。胡桃の味がする」
母さんが嬉しそうに言います。
「え? かりん糖に胡桃入ってないよ」
私はびっくりしてそう言いました。
「母さんの生まれた地方では、美味しいもののことを『胡桃の味がする』と言うのス。
母さんの家は山奥で何もないから、くるみが一番のご馳走だったのス。
母さん、宮沢の本家に奉公にでてくるまで、お砂糖一度も食べたことなかったんだス。
だから、おやつにもらったかりん糖初めて食べた時、この世にこんなおいしいものがあるのかって、驚いたのぉ」
◇
父さんの下には継男叔父さんという弟がいました(私を拾う芝居をしてくれた叔父さんです)。
父さんはお祖母さんが産んだのですが、お祖父さんと血は繋がっていません。
お祖父さんは実の子でない父さんに辛く当たり、弟の継男叔父さんばかり可愛がって、父さんは働くばかりで、ろくに学校に行かせてもらえませんでした。
でも二人はとても仲のいい兄弟で、叔父さんは、自分の教科書をいつも父さんに貸してあげていたそうです。
継男叔父さんが大変優秀だったので、本家では叔父さんを養子にもらい、跡取りの娘と一緒にすると言い出しました。 その代わり、叔父さんを大学に行かせてやるというのです。
その従姉妹の跡取り娘と父さんは好きあっていたのでしたが、家同士で勝手に話は決まってしまいました。
「本家で継男の結納すました帰り、とぼとぼと帰る父さんに、従姉妹のお嬢さんの小間使いをしていた、母さんがよびとめてよ。泣きそうな顔して『元気だしてくらっせ』って、かりん糖くれたのよ。
新聞紙に包んだ、しょうもないもんだったが、多分今日のお祝いで貰ったおやつを取っといてくれたんだわ。
俺とあの人の手紙のやりとりも内緒で手伝ってくれてたから、お嬢さんも俺もどうしようもないの分かって、可哀そがってくれたんだ。
雪の降る寒い日で心も凍り付きそうだったけど、なんか、受け取ったかりん糖のとこだけ、母さんの握りしめてた手で暖かくてよ。それで父さん、母さんに惚れちゃったのさ」
「それでかりん糖。二人の思い出の味なんだ」
「しのぶ。男と女はな、生まれた時に結婚する相手の人と、小指と小指が見えない赤い糸で繋がってるんだ。初めは、父さんの赤い糸は、本家のお嬢さんと繋がってると思ってた。でも、本当は母さんと繋がってたんだ。
その証拠に父さんと母さんはこうして結婚して、お前たちが生まれて父さん幸せだ。
赤い糸の先は見えなくて、絡まったり途切れそうになったりするが、必ず、運命の相手に繋がってるんだぞ」
そう言って父さんは母さんに膝枕をして笑います。大きなお腹に顔を引っ付けて。
「いい子産めよ」
「お父さんったら子供の前でェ」
母さんは赤くなって、父さんの頭をペチンと叩きました。
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