夢空列車
霧雨雪
地球
第1話 流星群
「花さん、今日は33年ぶりの流星群の観測チャンスだよ!」
「……なんだよ急に、大声出して」
机に突っ伏してマンガを読んでいた私、小鳥花はズレたメガネを直しながら起き上がった。
今日八月二十日は、みずがめ座Ψと呼ばれる流星群がやってくるらしい。なんでもこんなに周期の空いている流星群は珍しいんだとか。
「いやだって33年ぶりだよ?私たちの人生二つ合わせてやっと届く年月なんて凄いよね」
「そうだけど、それは若さ故の人生の濃さがうんぬんかんぬんで……。まあいいや、みっちゃんそういうの好きだよね」
「うん好き。だから、見に行こう」
みっちゃんこと辻雅が、整った顔をグッと近づけて言ってきた。
「良いけど、見に行こうったって別にここからでも見えるでしょ?この町に邪魔になるような高い建物なんて無いんだし」
私たちの住んでる町は都会とも田舎とも言えない場所であるが、夜空は比較的キレイに見える。
「ここで妥協して人工物に埋もれての鑑賞なんて、浪漫が無いでしょう!わざわざやってきてくれる流星群に対する冒涜ってもんですよ」
そういえばみっちゃんはロマンティストでオカルティストだった。それも行動力のある。
「じゃあどこで見るんだい?近くの山でも登る?」
「チッチッチッ。こんな寂れた町の寂びれた山なんて登ったところでなんだってんだい。今日の日のための完璧なロケーションを見つけたから今から行くよ」
◇
家を出発した四時間後の午後十時頃、電車とバスを乗り継ぎした私たちはある県の森の中を歩いていた。
「こんなところまで来たけど、まだ着かないの?」
みっちゃんのこだわりのおかげで周りに光はほとんどない。そんな夜の森は流石に不気味である。
「もうすぐだって、すぐすぐ」
さっきからこの調子だ。グングンと進んでいくみっちゃんの頭の中にはもう流星群のことしか無いのだろうか。
中々に悪い足場にもブツブツと文句を垂れながら森を進んでいると突然木々が消え、視界が開けた。
「ほら着いた。すぐだったでしょ」
最初にすぐと言ってから何分経ったと思ってんだ、と言ってやろうと思い前を向くと、そこには森のオアシス、湖があった。
月明かりに照らされた水の異常な程の透明度が窺える。もう少し早くに来ていれば蛍なんかも居ただろう。
「すご。キレイ」
文句も何もが吹っ飛び、反射的にそう言ってしまった。
なんとも語彙力の乏しい表現であるが、本心だ。
「でしょ。じゃあ流星群来るまで待ってますか」
私たちは持参していた折り畳みの椅子を広げ、温かいお茶を啜り始めた。
長旅をした後の絶景とお茶は体に沁みる。
「いやあすごいねこの湖。正直流星群なんかより全然良いもんなんじゃないかね」
夏の森の中だというのに、驚くほど空気が澄んでいる。星空も町とは比べ物にならないほど輝いて見える。
「言ったでしょう。完璧なロケーションだと」
「いやほんと完璧だよ。空気が美味い」
「うん美味い、けどこれって何を食った時の美味いと似てるんだろうね」
「さあ、ミントのあの感じ?でもミントって美味くないよね」
「うん美味くない」
そんな無駄な会話をしながら空を眺めていると、一つの星が線を引いて落ちてきた。
「あ」
「うおぉー!待ってました!」
湖のおかげで逆に冷静になっていた私とは違い、みっちゃんのテンションのボルテージは急上昇していた。
二つ目、三つ目の星がまばらに落ちてきたかと思うと、次々と大量の彗星が空を駆け始めた。
流星群こと流れ星の激流。
とりあえず願い事でもしようかと手を合わせた時、明確にこちらに向かってくる一つの光を見つけた。
「ねえ、あれ何?」
隣で別の場所を見ていたみっちゃんの肩を叩いて呼んだ。
「え?なにあれ──龍?」
確かに、目を光らせた龍が体をうねらせながらこっちへ突進してきているように見える。が、後ろの星の輝きが眩しくてハッキリその姿を視認することが出来ない。
「うわっ!」
いまいち大きさも掴み損ねていたそれは、勢いよく湖に突っ込んで大きな水しぶきを上げた。
雨のようになった水しぶきの中から、龍だと思っていた物が湖の上に浮いて止まっているのが見えた。
水が落ち、星明かり・月明りでようやく見えたそれは、龍なんかでなく宙からやってきた白い列車だった。
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