第106話 文化祭終わりの夕暮れで2人きりの教室
『以上で今年度の文化祭を終了します』
(パチパチッ)
文化祭の開催と同じく、校内放送で文化祭の終了が告げられるのを、最近めっきり秋めいてきて日が落ちるのが早くなった夕暮れを窓から望む教室で聞く。
祭りの最後は、少し悲しい物だ。
「ヴァ~~。皆お疲れさん。あ~疲れた。客が来すぎだろ、まったく」
閉店時間となった人気店の店長のごとく、担任の足柄先生は疲れ果て、思わず愚痴をこぼす。
それは生徒たちも一緒なようで。
「ブラックバイト張りに疲れた……」
「ひたすら焼きそばを焼いて、容器につめるだけで文化祭が終わった」
「一生分の焼きそばの匂いを嗅いだ気がする」
「もう焼きそばは1年くらいは見たくない」
と口々に愚痴をこぼす。
そして、従業員たちの矛先は上司にも向けられ。
「足柄先生は、前半の食材準備と終盤に客引きの手伝いしただけでしょ」
「まぁ、客引きが足柄先生だけになった終盤は、明らかに客足が鈍ってて草だったけど」
「お前ら……三十路の妊婦にメイドの格好させておいて、その言い草はないだろ」
プルプルと羞恥に震えながら、足柄先生が好き勝手言う生徒たちに抗議する。
「けど、三十路メイドにも需要ってあるんだね」
「コアな趣味の分、厄介な客が押し寄せて大変だったね」
「白玉さんの回し蹴りが炸裂してから糞客も大人しくなったけどね」
ああ、回し蹴りする機会あったんだ。
回し蹴りがしやすいからという理由で、ミニスカメイドの衣装を着せられた珠里の羞恥も浮かばれたという事か。
「まったく。胎教に悪いったらない」
ブツクサ言いながら、妊婦メイドはカチューシャを剥ぎ取る。
「ツワリと偽って、保健室で妻とイチャコラしてたのが悪い」
「愛妻の千百合ちゃんは一眼レフカメラでバシバシ、足柄先生のメイド姿撮ってたよね」
「結婚式のスライド写真に使うんだって」
「なぬ!? それは本当か⁉ すぐに千百合のカメラのSDカードを回収しないと!」
生徒からの妻の奇行情報を受けて、メイド服のままで足柄先生は慌ただしく教室を出て行ってしまった。
その格好、そろそろ着替えた方が良いと思いますよ先生。
「それでは、用事のある足柄先生に代わって、私から連絡事項を」
「小鹿先生、体調不良はダイジョブ~?」
「大丈夫ですよ。ご心配をおかけしました」
代わりに教壇に立った翠がニッコリと笑いながら、細腕で力こぶを作って見せる。
さっきまで、あんなに下のお毛々が無いと錯乱していたのに、生徒の前では動揺を見せない所は、流石はプロフェッショナルだ。
「それでは、今回のクラスの出し物の総指揮をしてくれた蓮司君から良い報告があります」
そう言って、翠が教卓の脇にずれて中央を蓮司に譲る。
「はい。まずはみんなお疲れ。でも、喜べみんな! 滅茶苦茶売れたから、その分、利益も凄いぞ!」
蓮司はいつものテンションでクラスに語り掛ける。
蓮司が、実はゴッドオブゴッドの子機だという話を聞いた後だと複雑な気分だが、本人はいたっていつもの蓮司だ。
「お~、いくら位になったの?」
「器具のレンタル代や材料費を差し引いた粗利計算だが、クラスの打上げが焼肉店で開けるくらいだ」
「「「「やったぜぇぇぇええええええええええ!」」」」
蓮司の言葉に、まるでサッカーのワールドカップで日本がゴールを決めた時張りに、歓喜するクラスメイト達。
「ここまで儲けられたのは、追加の材料を間断なく用意できたおかげだ」
うんうん、機会損失無く売れたのは、俺がセックスしないと出られない部屋で、焼きそばの材料を刻み続けたからだな。
「おまけに、仕入れ値も格安だった」
そりゃ、セックスしないと出られない部屋で手配した物だから、コストは0円だ。
つまり、文化祭の打上げで焼肉屋に行けるほどの利益を叩きだしたのは、俺の功績が大!
これで、俺の地の底のさらなる下まで落ちた俺の評価が上昇することは必然なのだ。
「それもこれも、小鹿先生がご実家の伝手を使って、仕入れをしていただいたおかげだ。みんな拍手」
「「「「ありがとう小鹿先生ぃぃぃいいいい!」」」」
……あれ?
なんで?
俺の実績……。
快哉を受ける教卓を見やると、ぎこちない笑顔を浮かべた翠と目が合った中、俺たちの文化祭は一先ず幕を閉じた。
◇◇◇◆◇◇◇
「ごめんね一心君。君の手柄を奪うような真似をしてしまって」
「……蓮司の風体で、その喋りは違和感が凄いですね」
「ナハハッ。私も、神のポータルであるとバレた上で、人間と喋るのは初めてだよ」
目の前の蓮司が、本来の人格をOFFにされて笑っている。
つまり、俺は今ゴッドオブゴッドと対話している。
何とも不思議な感覚だ。
「焼きそばの材料の仕入れについては、理由を聞いたから大丈夫です。俺も仕入れ先や仕入れ値の偽装についてまで考えが及んでなかったです」
「あのちびっ子先生が、咄嗟に口裏を合わせてくれて助かったよ」
どうやら、オーガ化学工業の系列店から材料を仕入れたことになっており、それに基づく請求書の送付や在庫の管理も、配送担当者の偽の記憶まで完璧に偽装されているそうだ。
さすがはゴッドオブゴッド。すごい。
「フォローありがとうございます」
俺の実績がチャラにされてしまったのは誠に遺憾だが、セッ部屋をあっての実績だから、持ち主に従うほかない。
「そういえば、あの後、記憶が復活事を知ったガールズたちはどうしたんだい?」
「大変ですよ。この後も、色々と追求される事になってます」
保健室で琥珀姉ぇがぶちまけたおかげで、この後緊急会議である。
「でも、ワクワクしてる彼女たちを待たせてまで、蓮司君と先に話をするんだね君は」
「俺自身、迷ってるんですよ。あの部屋での記憶が蘇って、どうすればいいのか」
「ふーん」
いや、興味無さそうにしてますけど、貴方のせいで迷てるんですからね。
「じゃあ、私はそろそろお暇するよ」
俺から苦情をもらうのは勘弁とばかりに、間髪入れずに帰る旨を伝えてくる。
「あ、くれぐれも私の事は蓮司君本人には内緒だし、私の知識や記憶は彼に一切引き継いでいないからね」
「はい」
「だから、若人としての甘酸っぱい相談は蓮司君にするといい」
「……言われなくてもそのつもりで蓮司を呼び出したんですよ」
「そうだったね。私のポータルだと知った上で、なお変わらず付き合ってくれるのは有難いよ。じゃあ、教室を出た所でまたバトンタッチするから、知らんぷりで通してくれよ。じゃあな」
そう言って、蓮司の身体を駆るゴッドオブゴッドが背中越しに手を振って教室を出ていく。
「お待っとさん。話ってなんだ? 一心」
「お、おう、蓮司。待ってたぞ」
本当は先ほどまで話してたんだけど、そこはおくびにも出さないように、教室に入って来た蓮司に応答する。違和感なく演技はちゃんと出来てたかしら?
「文化祭終わりの夕暮れの2人きりの教室に呼び出して何する気だ?」
「その点は、俺や外野も不本意だったみたいだがな」
特に、文化祭終わりの教室で俺とチューしたいとシチュエーションを熱く語っていた珠里は、そのチャンスを蓮司に取られてぶすくれていた。
けど、俺には早急に確認しなくてはならない事があった。
「蓮司、恋バナしようぜ」
「それ、文化祭終わりでヘトヘトの今じゃなきゃダメか?」
たしかに、八面六臂の活躍だった蓮司の顔は、明らかに疲れ切っていた。
「いや、俺にとって重要なことなんだ」
「なんだよ、文化祭中にまた新たに女の子でも引っかけたのか? まぁ、親友の一大事っていうなら仕方ねぇか」
そう言って笑いながら、蓮司はその辺の教室の椅子に腰かける。疲れているというのに、本当にいい奴だ。
「俺ってさ。知っての通り、仲良くしてる女の子が何人かいる訳だが」
「とんだモテ男だよな」
「この度、責任を取らなきゃならなくなって」
「マジか⁉ とうとう誰かが授かったのか、誰だ⁉」
「いや、そうじゃない」
「まさか、福原先輩が大逆転ホームランを……いや、あの人は、土壇場でチャンスを逃す星の下の人だし。まさか、婚約者だからって小鹿先生と!?」
「違うって言ってるだろ!」
なんでその2人の二択なんだよ。
特に翠は、身体もゴッドオブゴッドによって元の年齢に戻されているから、マジでヤバい。
あと、琥珀姉ぇへの理解が深くて、セックス寸前でお預けを喰らったのを的確に当ててるし。
「いや、でも、一心お前、明らかに面構えが違うじゃん。だからてっきり、童貞捨てたのかと思ったけど。違うのか?」
「……違わない」
「今朝はそんな感じじゃなかったのに、文化祭終わってから変った気がする。なのに妙に落ち着いていて、まるで一気に数段飛ばしでレベルアップしたかのような」
「相変わらずエスパーだなお前は」
「一心相手にしか発動しない能力だけどな」
カカカッと蓮司が笑う。
「で、恋バナなんだけどさ。複数の相手に責任を取らなきゃいけない状況になったら、蓮司ならどうする?」
「童貞卒業が複数プレイとか、一介の男子高校生の俺には別次元過ぎてとてもアドバイスなんて出来ないんだが」
「複数プレイじゃねぇよ。そういう意味じゃなくて、何て言ったらいいのかな……知らぬ間に、関係を持ってしまっていたっていうか」
「要は欲望のままにやりまくっちゃった訳だな」
「ぐ……」
完全には否定できないので、俺は口ごもる事しかできない。
「別に、男だからって2人で同意の元行った行為に対して、一方的に責任取らなきゃって、ご時世ではないと思うぜ」
「そ、そうかな?」
「でも、そういう行為をした後の結果を宿すのは女の人なんだから、やっぱり男の責任は重いとは思う」
「だよな……」
上げて落としてくるじゃん。蓮司の奴め、存外意地悪だな。
「だから、そこは正直にぶつかって行けばいいんじゃないか? 人と人なんだし、そこが解り合えない相手とは、そもそもそういう関係になってないだろ?」
「そうか……そうだな!」
モヤのように眼前にまとわりついていた常識や、こうあるべきという思い込みが晴れたような気がした。
「ありがとう蓮司」
「どうやら答えは出たみたいだな。じゃあ、俺はもう帰るぞ。あと、文化祭の打上げにはお前もちゃんと来いよ」
そう言って、蓮司は教室机の上に置いたスポーツバッグを手に取り立ち上がる。
「おう」
「約束だからな」
「妙に念を押すな。行くって」
打ち上げ代の原資は、俺の頑張りのおかげなんだからな。
「楽しみにしてるって事だよ。じゃあな」
そう言って、振り向かずに背中ごしに手を振って帰るさまは、奇しくもゴッドオブゴッドと同じ去り際だった。
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