第57話 私で童貞捨てた癖に!

「よし、たっぷり充電したから、決勝も勝って来るぜ!」

「珠里がこんなメンタルコントロールをしてるとは、試合会場の誰も思わないだろうな」


 試合会場の廊下の人目のつかない場所に戻って来た俺たちは、ついつい、セックスしないと出られない部屋で盛り上がってしまったことに気恥ずかしさを感じて、他愛もない会話をしていた。


「一心も、試合前に私と一発しとけば、優勝できたんじゃねぇの?」


 気恥ずかしさからか、珠里が少し軽薄でエッチなマウントを取って来る。

 だが、真っ赤な顔して言ってるので、無理しているのがバレバレだ。


「出来もしねぇのに、そういう軽薄な女のフリすんな。実質生娘ギャルが」


「は……はぁ!? 処女じゃねぇし! ちゃんとやったし!」

「1回だけな」


 ムキになって反論する珠里に、俺が鋭いツッコミを入れる。


「う、うっせぇ! 一心こそ私で童貞捨てた癖に!」

「おま!? それを男に使うのは反則だぞ!」


 お前のオシメを代えてやったのは俺だぞ! 並みに、何も言えなくなる禁止カードだろうがそれは。


 なお、処女の場合は、なぜか貰った方が責任が重い。

 あれ? 男って、ことセックスに関しては女の子より不利すぎじゃね?


「へんっ。いくら一心が、優月っちや瑠璃っ子とやろうが、一心の最初の女は私なんだからな。そこん所、忘れんなよ」


 真っ赤な顔で、ビシッと指を指しながら珠里が俺に勝ち誇ったように宣言する。


「そこ、珠里も重視してんのかよ。普段は『セックス怖いの……』って感じのくせに」

「う、うっせぇ! 使うカードは使う主義なんだ私は!」


 この実質、生娘め。

 こうなったら、俺の方もカードを切らせてもらう。


「そんな言うんだったら、もうキスしてやんないぞ」


「はぁ!?  キスを人質に取るとか、それこそ反則だろうが!」

「別に俺がキスの相手じゃなくてもいいだろ」


 正直、珠里のギャルっぽい容姿と、見た目に反して実は乙女な所から、いくらでもキスの相手なんて見つかりそうだが。


「だって……キスの練習台のぬいぐるみ相手じゃ、口内の温かさとか感じないし……」


 先ほどの勝ち鬨を上げた威勢はどこへやらで、俺から突き放されて途端にトーンダウンする珠里。


 いや、俺は他の男とキスしたらいいだろって意味で言ったんだが……っていうか。


「なんだ? 珠里は欲求不満になると、ぬいぐるみ相手にキスしてんの?」

「あ……」


 俺の頭の中に、ベッドでぬいぐるみにキスを浴びせかけるパジャマ姿の珠里が想像される。


「可愛い所あるんじゃん」

「うう……一心のばかぁ……」


 力なくその場にへたり込んでしまう珠里。


 ふふん、勝った!


 って……やべ!

 珠里はあと5分もしたら決勝戦なのを忘れてた!


 これから戦いに赴くのに、このテンションじゃマズい!


 もしこれで珠里が負けたら、俺が白玉師範に殺される!


「ほら、珠里。そろそろ決勝だぞ」

「もうやだ……一心なんて嫌いだ」


 廊下の壁に背中を預け、膝を抱えて床に座り込んだまま、珠里は顔を上げようとしない。


「ほら。顔上げたら、いいもんやるぞ」

「ガキ扱いかよ。ジュースとかじゃ、許さな」


 フッと顔を上げた珠里の唇に、自分の唇を重ねる。


 キス中にチラリと目を開けると、驚きに目を見張る珠里と目が合い、恥ずかしくなって唇からゆっくりと離れる。


「ん。決勝ガンバレ」


「キス……あの部屋じゃなくて、こっちでも一心からしてくれた」


 まだ、信じられないといった顔で、珠里は唇に指先で触れながら、先ほどまでの俺の唇との感触を確認している。


「べ、別に。キスくらい、どうってことないんだよ」

「……嘘つき。耳真っ赤だぞ一心」


「うっせ」


 セックスしないと出られない部屋で2人きりでするのと比べて、全然軽いキスなのに、なんでこんな緊張したんだろ?


 自分でもよく解らない。


「決勝の試合前だから特別ってことか?」


「ん……そうだな」

「じゃあ、優勝決めたら、また一心からチューしてくれるのか?」


 小首をかしげて、期待する眼差しで見つめてくる珠里は、いつもより色気があった。


 日頃は、男友達みたいに接することが出来る貴重な女友達だからこそ、時折見せるこういう仕草にはドキッとさせられる。


「……考えとく」

「よっし! ヤル気めっちゃ出たぜ!」


 俄然、闘志がみなぎった珠里は明らかに燃えていた。


「そりゃ何より」


 ふぅ。


 とにかく、珠里のテンションを戻せたので一安心だ。




「白玉さん……今……キスしてたよね……」




 あれ?


 このセリフ。

 なんだか、前にも聞いたことがあるぞ。


 声の方を見やると。


「ひ……比嘉ちゃん!?」


 焦ったように珠里が呼んだ名は、これから珠里と決勝を戦う相手である、比嘉選手その人だった。


 比嘉選手は、珠里とは同学年の女子で、幼少のバンビの部から常に珠里とトップを争ってきた有名選手だ。


「白玉さん……春の大会に出てなかったの……彼氏が出来たからなんだ。そりゃ、そうか……汗くさい道着を着て殴り合いなんてしてる場合じゃないよね……」


「あ、いや……違くて、その……」


 珠里がアワアワと弁明をしようとするが、上手く説明が出来ない。


 珠里としても春の大会に不出場だったのは、そういう理由ではないと否定したい処だが、セックスしないと出られない部屋に絡んで荒れていたからだとも言えず。


 そもそも、今しがたキスしてる所を比嘉選手に見られちゃってるし。


「しかも空手に理解ある彼氏さんに送り出されて……羨ましい……私もそんな青春送りたかった……殴り合うだけの青春を共に歩むライバルであり同志だと思ってたのに……」


 これから決勝の舞台に立つ人とは思えないほど生気が抜けた比嘉選手が、諦めと絶望が入り混じったようなうつろな表情で呟く。


 いかん。


 俺たちの生キスを目撃して、比嘉選手が極限にダウナーな状態になってしまっている。

 これも脳破壊の一部なのか?


「女子の組手、決勝戦始まります。選手は前へ」


 そうこうしている間に、決勝戦の時間になってしまい、比嘉さんはフラフラと向かっていった。


 メンタルに多大なダメージを負った比嘉選手は、決勝戦でウソのように珠里にボロ負けした。


 こうして、何だか後味の悪い感じで珠里の優勝が決まった。


 なお、約束のチューについては、珠里も気まずい勝利だったからか、直ぐには請求されなかったのであった。


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