第48話 兄妹仲直り

「お兄ちゃんに心理テストです。目の前の崖で、血を分けた可愛い可愛い肉親で歌姫として世界中に多くのファンを抱える妹と、所詮は近所で生まれただけに過ぎない女、ついこの間まで存在すら知らなかったポッと出の痴女、ギャルなのに面倒くさくて重い性格の女が、それぞれ落ちそうになっています。お兄ちゃんは、誰を助けますか?」


 補習授業が終わった早々、瑠璃がこちらの教室にすっ飛んできて俺の席の前に座ると、ニコニコしながら問答が始まった。


「これ、心理テストなの?」

「うん、そうだよお兄ちゃん。答えて」


「じゃあ、まずはその手に持った大型刃のカッターをお兄ちゃんに渡してくれるかな?」


「早く答えてお兄ちゃん」


 チキチキと音を立てて、瑠璃がカッターの刃をさらに伸ばす。


 ダメだったよ足柄先生……。

 我々の楽観的な展望は、もろくも崩れ去りました。


 って、教卓の方を諦念の眼差しで見たら、既に足柄先生の奴いねぇ!

 自分だけ逃げやがったな!


 生徒が刀傷沙汰を起こそうとしてますよ! 早く来て!


「いいのよ一心、ここは角を立てずに肉親を選んでも。高校からのポッと出の関係の私は気にしないわ」


「うう……サバサバ口調にしてても、本質がバレてる……私って、やっぱり面倒くさい女なんだ……」


 前方で大型刃カッターを持った妹の瑠璃からのプレッシャーも凄いが、後方からの優月の全然笑えない自虐と、めそめそ泣く珠里のプレッシャーに、冷や汗が止まらない。


 え、なにこの地獄。



「お、修羅場か? ザマァみろ」

「そのまま刺されろ」

「いや、それだとラピス様が手を汚すことになる」

「自害しろクソ男」

「いっそ私の手で……これこそがモブに生まれた私の天から与えられた役目」


 日頃の評判の悪さが祟ってか、周囲からの援軍も期待できない。それどころか、先にギャラリーから刺されそうな勢いだ。


 もはや唯一の男友達となった蓮司は、普通に成績優秀で補習には出席していないので、自分で何とかするしかない。


 俺は覚悟を決めた。


「ちょっと立って瑠璃」

「なに? ちゃんと私の質問に答え」


「ごめんな瑠璃。情けないお兄ちゃんで」

「んにゃ!?」


 俺は、いきなり瑠璃をヒシッと抱きしめた。


「妹にこんな質問をさせてしまう自分が本当に情けないよ」

「お兄ちゃ……みんな見てるよ……恥ずかしい」


 そう言いながら、瑠璃は俺の背中に手を回して抱きしめ返してくる。


 その際、ポトリと教室の床に落ちた大型刃のカッターは、珠里が素早く足で踏んづけて回収してくれるのを横目で確認する。


 重い女と瑠璃に言われたショックで泣いてても、こういう場の空気を感じ取って動いてくれるのは、流石は珠里だ。今度フォローしとかないと。


「輝いている瑠璃にコンプレックスを抱いている俺なんかじゃ、瑠璃の兄にふさわしくない。そう思ってたから、俺は瑠璃に呆れられて、だから遠ざけられたと思って……」


 俺の策は至極単純。

 正直な本音を瑠璃にぶつける事。


「お兄ちゃん……そんな事ないよ。私が、お兄ちゃんにどう接していいか解らなくなっちゃって、私こそ、心にもない事ばかり言ってゴメン……今も、こんなお兄ちゃんを試すような真似をして……」


「いや。瑠璃を不安にさせた俺のせいだ」


 ただ、愚直に俺は瑠璃に思いのたけをぶつける。


 皮肉にも、瑠璃が俺にぶつかって来てくれたおかげで、俺も素直になれた。

 俺達兄妹は、お互いに本音を隠していた。


 だが、今は不思議とお互いが自分を曝け出していた。

 最初は、破れかぶれな気持ちからだったが、こんなにも自分の感情を吐露できているなんて。


「私達、やっと解り合えたんだね、お兄ちゃん」


「ああ。でも、なんだか不思議なんだ。今まで瑠璃には伝えられなかった気持ちを今日は素直に伝えられた。まるで、昨晩の内に、瑠璃と深く繋がることが出来たような。そんな感じだ」


 不思議だ。

 昨晩は、いつものように俺が瑠璃に呆れられて別れただけなのに。


「そんな、繋がっただなんて……みんなの前で言っちゃうなんて恥ずかしいよぉ……お兄ちゃん……」


 モジモジと瑠璃が恥ずかしそうに、俺の半分独り言の感想のような言葉に反応する。


 しおらしく頬を染めているさまは、ステージで観せる歌姫ラピスの大人びた様とは正反対の、ただの高校生の可愛い少女としてのそれだった。


「ぐあ……歌姫ラピスのデレ顔、可愛すぎる」

「ラピス様、あのクソ兄貴と兄妹仲悪かったんだ……でも、よく解らないけど最近、仲直り出来たんだ。良かったねラピス様……ぐずっ」

「推しの幸せこそがファンの幸せ」

「急募。どうにか、今から俺がラピス姫のお兄ちゃんになる方法」

「兄にむけてで、あくまで家族愛だから、ギリギリ脳破壊には至らぬ」


 周りで見ていたギャラリーも、いまいち事情は分からないが、俺達兄妹が仲直りしているという事で、好意的な目で見てくれているようだ。


 そして、地の底にまで落ちていたクラスメイトの俺の好感度が、少しだけ。

 ほんの少しだけ、上がったような気がする。


 ありがとう瑠璃。


「ねぇ、瑠璃ちゃん」


 そんな、少しほんわかした空気にそぐわぬ、珍しく深刻な顔をした優月が瑠璃に話しかける。


「な~に? ポッと出の人」

「赤石優月よ。ちゃんと昨日、自己紹介したでしょ」


 流石は、ファッションモデルの琥珀姉ぇにも挑発的な態度をとっていた優月だ。

 歌姫ラピスの瑠璃の挑発に一歩も引かずに、対等な目線で話している。



「まぁ、今はどうでもいいわ。単刀直入に聞く。一心とセックスした?」



 補習の教室に漂った、ほんわかな空気と、俺のちょっとだけ回復した好感度は、優月の言葉でぶち壊しになった。

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