第51話 まだ

 この部屋の中で500年生き続けた怪物。アテナが人類の宝だと形容した人物。


 それはおそらくララ・メンテ本人だった。


「んー……?」その女性はララを見て、「ああ……キミがボクだっけ? ボク、ララって名前だったの?」

「……覚えてないの……?」

「名前なんてどうでも良いでしょ? もうずいぶん前に記憶として引き継がなかったよ」相手が自分だと思うと……なんだか恐怖という感情が生み出された。「でも、それだとボクが来たときに不便だね。ララが2人いることになるんだから」


 同一人物がいるのだ。名前を呼ぶと面倒にもほどがある。


 まぁ名前なんてどうでも良いというのはララも同意だ。名前なんてものは人を区別できれば問題ない。今回の場合は区別できないのが問題なのだ。


 そんな混乱をよそに、アテナが言った。

 

「創造主よ」……ララもアテナに習って、創造主と呼ぶことにしよう。「何度でも言おう。約束を果たしに来た」

「何度でも同じ返答をするよ。約束って何? ボクは覚えてない」


 今のララは覚えている。ララにとってはまだ1年も経過していない記憶だ。

 

 ララは呆然とした表情で、


「なぁ創造主様……キミ、目的は? なんのために500年も――」

「うるさいなぁ……!」突然創造主の笑顔が消えた。かなり感情が不安定になっているようだった。「キミにそんなこと言われる筋合いはないよ……!」


 怒りに満ちた声……ではないように聞こえた。

 なにかに怯えているような……そんな声だった。少なくともララにはそう聞こえた。


 創造主は癇癪を起こした子どものように喚く。


「用がないなら出ていけよ……! ボクは忙しいんだよ……!」

「なにが忙しいんだよ……」相手が自分だとわかると……一気に腹が立ってきた。「なんだよこの設計図……! なんだよこの研究は! これがキミの500年の成果か?」

「うるさい!」


 耳障りな甲高い声だった。


 それでもララは言葉を止めなかった。どうしても伝えなければならないことがあった。



「ふざけんなよ……! これ、! 500年もやってて……なんで今のボクが理解できるレベルなんだよ……!」


 設計図を見れば構造が理解できた。プログラムだって同じだ。まったく理解できないことはなかった。しばらく読み込めば簡単にマネができそうだった。


 500年も研究を続けてそのザマだった。とてもじゃないが……こんな状況でアテナを倒すなんて不可能だった。


 そんなことは創造主にだってわかっている。だからこんなにも取り乱しているのだろう。


「やめて……!」不意に創造主は泣きそうな顔になって、「頼むよ……出てってよ……! お願い……もうちょっとだから……!」

「もうちょっとって……」


 なにがもうちょっと? あと少しでアテナを倒せる?


 無理だ。不可能だ。500年もやってこの状況なら、あと何千年経過したって無理だ。


「お願い……!」顔は悲痛に歪んでいるが、涙が出るという機能はないようだった。「まだ……まだ死にたくない……!」

「……」


 その言葉は、ララにとって重要な言葉だった。


 瞬間、理解した。目の前の創造主が何者か理解した。


 この人は……信念を失ったのだ。信念を失って生きながらえたララ・メンテなのだ。

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