第49話 設計図

 冷たい空気が肌を刺した。室内は息が白くなるくらいの温度だった。


 緊張感があった。未知の空間に足を踏み入れる恐怖と期待が入り混じっていた。心臓の鼓動が高鳴って、寒いのに汗が出てきた。


「なんだこの部屋……」ララは部屋を見回して、「……機械室……?」


 かなり広い空間であった。ちょっとした体育館くらいの大きさ。


 そしてその室内は、


「……散らかっていますね……」フォルが言う。「散らかっているのは資料でしょうか。それと……パーツ……?」


 大量の紙と大量の物体があった。なにかを組み上げようとしてそのまま放置されているようなパーツがたくさんあった。


「ボクの研究室みたいな有り様だな……」お世辞にもキレイとは言えない。「こんな場所に宝があるの……?」


 もしかしたら天才研究家の技術が宝、とかだろうか。だとしたら床に落ちている資料が重要なのだが、あいにく触ってはいけないと言われている。


「……お宝があるようには見えませんが……」フォルが部屋を見回して、「宝箱でもあるのかと思っていましたが……」

「そうだね。宝箱の中にメダルとムチでもあるのかな、と」

「……そうですね。なぜかその組み合わせはピンときますね」フォルにも通じたようだ。「宝……どこにあるのでしょう」


 宝の在処を知っているのはアテナだけだ。ララとフォルはアテナのアクションを待つしかない。


 アテナは部屋に向けて、


「約束を果たしに来た」言葉に反応して扉が開くのだろうか。「ずいぶんと待たせた。だが約束を果たすときは今だと判断した。姿を見せてほしい」


 姿を見せてほしい……? そんな人に話しかけるような言葉が必要なのだろうか。声紋認識なのだろうか。


 ……

 

 人に話しかけるような、ではない。


 アテナはのだ。


「ぬぅーん……?」ヘンテコなうめき声が、部屋の奥のほうから聞こえた。「おやおや……キミが勝手に扉を開けたの? そんなプログラムを作った覚えはないけど……?」


 しわがれた声だった。覇気のない老婆のような、喉に絡んで苦しそうな声だった。


 ゴホゴホと咳き込む音が聞こえてきた。それもまた苦しそうな音で、声の主の健康状態が悪いことが伺えた。


「よっこらせっと……」


 資料の山の中から、小さな女性が立ち上がった。バサバサと資料が雪崩のように崩れ落ちた。


 その人物……いや、人物と形容しても良いのだろうか? とにかくはアテナのほうを見た。


「おや……お客さん……? 珍しいねぇ……ここに入ってきたってことは、アテナが認めた人物ってことだね」それはララたちを見て笑う。たぶん、笑ったのだと思う。「そんなに怯えないでよ。ちょっと人間の形を忘れちゃって再現できなかったけど……とりあえず生き物だよ」


 そう言った人物の身体はになっていた。


 人間の肌はほとんど残っていない。無機質な物質で体がツギハギにされていた。ギリギリ2本の足と2本の腕らしきパーツは見えるが、人間と呼ぶには異形の姿をしていた。


 かろうじて性別は女性だった、ということが読み取れる。しかしそれも勝手な思い込みかもしれない。顔の部分も機械化されているので、さすがのララも不気味に思った。


 いや……不気味というより、驚いた。この部屋の中に生物がいたことに驚いた。


 この人は……500


「そんで、なんの御用?」その人は薄気味悪い笑顔を浮かべて、「コーヒーとかは用意できないんだけど」


 この部屋の惨状を見ればわかる。おもてなしなんて状態じゃない。


 アテナが言った。


「約束を果たしに来た」

「約束? なんだっけ?」とぼけている、ようには見えない。「悪いねぇ。最近、記憶の引き継ぎがうまくいってなくて。重要なことは覚えてるつもりなんだけど……キミとの約束ってのは覚えてないな」

「ならば今が約束のときだ」


 そう言って2人の会話は終わった。


 意味がわからず、ララが言う。


「……? さっきからキミたちはなにを言ってるの……? この部屋は、なに? あの人は誰? お宝ってのは……?」

「床に落ちている資料を読んでみてくれ」

「……良いの……?」

「ああ」


 ララが女性を見ると、彼女は「どうぞご自由に」と言った。


 というわけなので、ララは床の資料を拾い上げて読み始めた。


「アテナの……設計図……?」

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