第45話 生きる目的

 アテナのパーツを保管して、とりあえずララも睡眠を取ることにした。


 疲れ切っていたようで、その眠りは長かった。


 次に目が覚めたのは3日後だった。


「フォルはまだ寝てるか……」一応、息はしている。「目が覚めたら……彼女はどうするんだろう」


 勇者に裏切られて、復讐の対象である魔王も死んでしまった。


 頼る相手も恨む相手もいない。生きる目的なんてない。フォルはこれからどうするのだろう。

 

 ……


 フォルの心配もしているが、それほど深く考える余裕もない。ララの心もまたかき回されているのだ。


「とにかく……やるか」


 ララはひとつ気合を入れて、アテナの修理に取り掛かった。

 

 胴体の大部分は残っているが損傷が激しい。頭部部分は魔王に踏み潰されてグシャグシャになっていた。


 かなりの重労働になりそうだ。しかし他にやること見当たらない。ララは修理を始めた。


 修理を進めるにつれて、


「……やっぱりすごい技術だね……」はじめてアテナの中身を見たのだ。「これを作ったやつは……どんな人なんだろう。魔物なのかな。なんにせよ……狂ってるレベルだね」


 ララも理解できないほどの超技術が多数使われていた。何度も何度も頭を捻り、壁にぶつかりながらも修復を続けた。


 修理の最中、ララはアテナに話しかけ続けた。意味がないことはわかっていたが、喋っていないと苦しかった。


「機械のキミにこんなことを言うと笑われるだろうけど……ボクはキミのことを友達みたいに思ってたよ。いなくなったら寂しいぞ」


 だから治すのだ。ただそれだけだ。


 さらに数日が経過して、


「治りそうですか……?」いつの間にかフォルが目を覚ましていた。「手伝えることは……なさそうですね」

「そうだね……」ララでも理解できない技術だ。「キミは人の心配をしてる場合? これからどうするの?」

「……どうしましょう……生きる目的は消えました」崇拝も復讐も消えた。「ですが死ぬ理由もありません」

「そっか。そうだね」


 ララも似たようなものだ。


 ララはアテナに勝てないと思ってしまっている。世界最強という立場を手に入れることは難しいと感じている。


 仮にララが最強だと呼ばれるようになっても、それはアテナを抜きにしたランキングだ。アテナに勝てなかったというケチはついて回る。


 そんな状態で最強を目指すことに意味があるのか。そう迷っていたのだ。


「ねぇフォル……」ララは修理を続けながら、「キミ……子供の頃の夢ってあった?」

「ありましたよ」

「なに?」

「村で一番高い木……それに登りたいと思ってました」

「……木……?」

「はい。まぁその木は燃えてなくなってしまいましたが」魔物に焼かれたのだろう。「あの場所に行けば、すごい景色が見えると思ってました。子供の頃に何度も挑戦して、何度も落ちました。そのたびに怒られましたが……諦めるつもりはありませんでした」


 フォルが登れなかったのなら、相当高い木だったのだろう。


「その木がなくなって……キミはどう思った?」

「……私の場合は村や家族ごとなくなりましたからね。木のことを思い出したのは、しばらく時間が経過してからです」それも当然のことだろう。「かなりショックでした。小さな夢とはいえ……もう叶うことがなくなったのですからね」


 他の人からすれば、しょうもない夢かもしれない。子どもの夢かもしれない。


 でも……本人にとっては重大なことなのだ。それが夢なのだ。


 夢や目標が消えたとき。そのときに人はどう思うのだろう。どんな心境になるのだろう。


「ボクの夢は最強を証明することだったよ」つい弱気になって過去形で話してしまった。「ボクの科学力で最強を証明するんだって……そう意気込んでた」

「今は違うんですか?」

「ちょっと諦めかけてる」

「では諦めますか?」

「まさか。そんなわけないよ」今は弱気になっているだけだ。「最強の証明は……ボクの生きる理由だよ。その信念を曲げるくらいなら、今ここで殺されても良い」


 その決意だけは変わっていない。変わってはいけない。怖いから変えられない。


「信念……ですか」フォルは悲しそうに言った。「私にはないものですね。私は今まで……成り行きでしか生きてこなかった」


 成り行きで生まれて成り行きで生きて、成り行きで村を滅ぼされて、成り行きで勇者の仲間になって、成り行きで裏切られた。そんな人生。


「じゃあ今から見つければ良いさ」いつからだって信念は見つけられる。「絶対に譲れない事柄。それを見つければ良い」

「……そうですね……難しいでしょうが、努力してみます」


 そう言ってくれたら安心だ。信念を見つけるという動機が、彼女の生きる理由になる。


 信念なんて本当は見つからなくても良いのだ。なんの信念も貫かずに生きていくことも人生である。


 そういう人生を否定するわけじゃない。だけれど……


 ララはそんな人生に興味がない。

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