第38話 魔王様

 勇者は突然言った。フォルに対して『俺の側近にならないか』と。


「……側近になるも何も……もう私は……」


 すでにフォルは勇者の側近に近いのだろう。だからこうして重要な戦いに呼ばれている。


 勇者は当然のように続ける。


「俺のすべてを受け入れてほしい、って話さ」いまいち対話になっていないやり取りだった。「ハッキリ言って、俺はキミのことが好きだよ。もしもキミがずっと隣にいてくれたら嬉しいなって思う」

「……それは……私も同じ気持ちです」

「そっか。それは良かった」優しい笑顔だった。「じゃあ俺のすべてを受け入れてくれる?」


 勇者はもう一度そう言った。


 フォルはその言葉の意味が理解できないようで、


「あの……勇者様、なにを……?」


 勇者は笑ったままの顔で、指先に炎の魔法を充填する。


 その炎の魔法は一瞬にして放たれた。ゴミ箱にテッシュでも投げ入れるかのような軽さだった。


「え……?」


 フォルが子供みたいにつぶやいた。現状がまったく理解できていないようで、呆けたような表情をしていた。


 そりゃそうだろう。ララだって同じような表情をしている。


 勇者は炎の魔法をのだ。戦士風の男と旅芸人風の男に魔法が直撃して、炎の渦を巻き起こしたのだ。


 悲鳴を上げる時間もなく、戦士風の男と旅芸人風の男は倒れた。黒焦げになってピクリとも動かないところを見ると、命もないかもしれない。


「勇者様……?」フォルは混乱した様子で。「……な……」


 言葉が出ないという感じだった。そりゃそうだろう。いきなり仲間を消し炭にした勇者にかける言葉などない。


 ララもまた言葉を失っていた。勇者がきな臭い人物だとは思っていたが、この場で突然おかしな行動を始めるとは思っていなかった。


 それから勇者は謎の石を取り出して、


「準備OKだよ。入ってきて」


 誰かに指示を出した。どうやらその石が情報伝達手段であるらしかった。


「さて……」勇者は石を仕舞って、「もう一度聞くよフォル。キミほどの実力者を消すのは惜しい。僕に協力してくれると嬉しいな」

「……消す……? なんの話ですか……?」

「理解力がないんだね」勇者は少しイライラした様子で、「まぁしょうがないね。世間知らずのお嬢様だもんね。別にキミに一般常識とか理解力は求めてない。かわいくて強いってだけで十分」


 その観点から見ればフォルは最高峰だろうな。実力も美貌も兼ね備えている。


 しかしフォルは返答しない。そりゃそうだろう。なにを聞かれているのかも不明なくらいなのだ。そんなんで答えを返せるはずもない。


 やがて、


「そろそろ来たかな……」大勢の足音が近づいてきた。「最後の忠告だよ。もしもフォルが俺の味方になってくれるのなら、生かしておいてあげる。あの時みたいにね」


 勇者がフォルを助けた一件のことだろう。四天王に襲われていた村を助けたときのことだろう。


 ……


 ララの中に1つの仮説が生まれ始めていた。もしかしたらそうかもしれないと思っていたことだが、ようやく信憑性が出てきた。


 勇者と魔王がつながっている。ララはそう思っていた。だけれど……


 ララが思考しているうちに、その場に集団が現れた。


 魔物の集団だった。おそらく魔王軍のほぼ全兵力。それくらいの数の魔物が集まっていた。


 歩くだけで地鳴りが起こる。そんな規模の軍隊。おそらく洞窟の外にも長蛇の列が完成しているのだろう。


「魔物……」フォルは魔物に向けて構える。「勇者様……この、魔物たちは……?」

「俺が呼んだ」あっさりと勇者は答えた。悪びれもせずに、当然のように答えていた。「人間たちだけじゃ勝てない可能性があったからね。一応準備しておいたんだよ」


 ……


 これでほぼ確定した。ララの推測は当たっていたのだ。


 魔物の中から吸血鬼が出てきて、勇者の前にひざまずいた。そして言った。


「全兵力の動員、完了いたしました。

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