第43話 依存されたい




 夜、風呂を上がってから、珍しく葵が『一緒に寝よう!』と要望を出してきたので、俺の部屋で眠くなるまで話していたところ、


「そういえばお兄ちゃん、メノさんのこと好きなんだよね? いつプロポーズするの?」


 唐突にそんな話になった。

 現在の葵は合体状態で、地球にいたころの葵の姿をしており、ベッドに横になったまま楽しそうな笑みを浮かべて俺の目をジッと見つめる。


「――ぶふぉっ!? き、急に何言ってんの葵!?」


「だってどう考えても両思いだもん。それとロロさんから聞いたんだけど、どの大陸も一夫多妻制なんだって」


「いや別に俺は複数人と結婚するつもりとかないけど……」


 というか葵、キミまだ十歳だよね? ませてない? いや、このぐらいの年齢の女の子ってそんなもんなのか……? そもそも葵って死が近い状態でずっと暮らしていたからなのか、妙に達観しているというか、年齢の割には大人っぽい気もするんだよな。五人状態のときは、ヒカリとかシオンとか、子供らしいところが前面に出ていたりするけども。


「――ちょ、ちょっと待って。葵から見たら、メノさんって俺に気があるように見えるの?」


 俺はたしかにメノさんのことを好意的に見ているが、それが『恋人になりたい』『結婚したい』という感情なのかと言われると、よくわからない。


 あまりにもお世話になりすぎているし、尊敬とかの感情も入り混じっているからややこしいのだ。でも好きか嫌いかで問われたら、ノータイムで『好き』と答える自信はある。


「うん! ずっとチラチラお兄ちゃんのこと見てるし、お兄ちゃんがリケットさんとかロロさんと楽しそうに話してるとき、しょぼんってしてるよ」


「しょぼんってしてるんだ」


 なにそれ可愛い。いや、メノさん的にはよろしくない感情の動きなんだろうけど、そう思われている俺としては嬉しくて仕方がない。――あぁ、嬉しい思っている時点で、やっぱり俺はメノさんのことが好きなのかもしれないな。


「メノさんはね、たぶん年齢差のことを気にして自分からそういうアタックはできないと思うの。だから、お兄ちゃんのほうから行ってあげないと可哀想だよ」


「……なるほど」


「とりあえず、自分の気持ちがまだよくわからないなら、もっといっぱい話さないと! 今度からは、恋愛感情を意識しながら話してみてね」


 小学生の妹に恋愛のアドバイスをされている件。

 いや俺だって学生のころは恋をした経験ありますよ? 勇気がなくて告白できずに想いが自然消滅してしまったこともあるし、告白されたけど『絶対気が合わないな』と振った経験もある。


 結局、いまのいままで交際経験はゼロなのだけども。


「明日から、気にしてみるよ」


「うん! 進捗あったら教えてね!」


 元気よく返事をして、葵がニコリと笑う。恋バナみたいなの、好きなんだろうなぁ。



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



「メノさん、今日は何する予定なんですか?」


 翌日。朝食をみんなで食べて、片付けを済ませてから俺はメノさんに声を掛けた。

 最近になってようやく仕事も一段落し、みんなの自由時間が格段に増えた。食べ物や生活用品が充実してきて、もう足りないものはない状態――だから何か作るとしても、それは在庫を増やしたり、娯楽品を作るような作業みたいな感じになっている。


 特に葵やルプルさんは、率先して遊んでいるような感じだった。


 リケットさんやロロさんは、畑仕事や布づくりを継続しているけれど、それも午前中だけで終わってしまうような感じで、葵たちと一緒になって遊んでいる姿もよく見かけるようになった。


「……家で本を読む」


「何の本を読んでるんですか?」


「………………いろいろ」


 メノさんがぷいっと俺から顔を逸らしながら誤魔化すように答える。これはやはり、メノさんが俺たちに隠れて勉強していた説が濃厚になってきたかもしれない。


 とはいえ、彼女の頑張りを暴いてしまうのも申し訳ないので、「この世界の文字を教えてくれませんか?」と聞いてみた。彼女の書く文字を見たことがあるけれど、翻訳は仕事をしてくれないらしく、読めなかった。幸い、数字だけは過去の転生者の影響でアラビア数字が使われていたので、読めるみたいだけども。


 俺の問いかけに対し、メノさんは上目遣いで俺を見上げる。


「……なんで覚えるの」


「えっと、ほら、この世界の技術書とかそういう類の本があったら、読んで勉強したいな――と。自分の中だけの知識だと限界がありますし」


「……言語を覚えるのは大変。私に聞けばいい」


 ムスッとした様子でメノさんが答える。メノさんもしかして、依存されたい体質なのかもしれない。ダメなヒモ男とかに引っ掛かってしまいそうで怖いんですけど。


 あまりメノさんばかりに頼るのが申し訳なくてお願いしているのだが、これでは逆にメノさんの機嫌を損ねてしまいそうな気がしてきたな……。どうすればいいのか。


「じゃ、じゃあ、メノさんが俺に本を読み聞かせてくれませんか? そうすれば、言葉を覚えなくても、本の内容が理解できますし」


 メノさんを頼りながら、自分の知識を増やす方向性でお願いしてみた。

 大人に『絵本読んで~』とせがんでいるようで少し恥ずかしいが、仕方がない。他にいい案が思いつかなかったんだもの。


 いやでも……よくよく考えたら、これってメノさん的には逆にめんどうなんじゃないか? 一人でやったほうが楽とかそういう結論になったりしない?


 訂正しようかと考えていたところ、メノさんがピクリと反応する。


「……それならいい」


「い、いいんですか?」


「……いい。でも、人が多いと気が散るから、アキトだけにして」


 一昨日までの俺ならば、この発言を聞いて『効率は悪いかもしれないけど、たしかに、たくさんの人がいる前で話すのもやりづらいよな』と納得していただろうけど、昨日葵からあの話を聞いてからは、感じ方がすごく変わってくる。


 メノさん、俺と二人きりになりたがってやしないだろうか?




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