恐ろしいモノは不浄なモノを嫌う、らしい

ドラコニア

第1話 ハメ撮りについて①


 おしゃれなジャズミュージックが流れる店内に、カランカランとドアベルが響きわたる。


 スーツに身を包んだ、仕事帰りらしい男女二人が、恐る恐るといった感じで顔をきょろきょろさせている。


「いらっしゃいませ」


 そんな二人を、落ち着いた店内にはいささか不似合いな、張りのある元気な男性店員の声が迎える。


「ふ、二人なんですけど、いけますか」


 男の方が店員におずおずと尋ねる。


「はい、大丈夫ですよ。では、こちらのカウンター席にどうぞ」


 昭和の文士か何かを彷彿とさせる丸眼鏡をかけた青年店員はそう言うと、未だ物珍し気に店内を見渡している二人をカウンターテーブルの奥の席に案内する。


「こちら、メニューになります」


 二人がすっかり腰を落ち着けたのを見計らって、青年店員は手際よくメニュー表を手渡す。


「ありがとうございます」


「お客様、当店のご利用は初めてですよね」


「は、はい。ていうか、バー自体が二人とも初めてって感じです」


 女性の方が、若干恥ずかしそうにしながらそう答える。


「そうなんですね。初めてにウチのお店を選んでくださってありがとうございます。初めてのバー、是非楽しんでいってください」


 青年店員は愛想のよい笑顔を二人に振りまきながら、これまた手際よく、お通し替わりのピスタチオを皿に盛りつけると、二人のもとへと提供する。


「こちら、チャームのピスタチオになります。お酒と一緒にお楽しみください」


 完璧なまでの接客だな。


 バーのオーナー兼店長である酒々井しすい鏡介は、青年店員・江口龍彦の働きぶりに感心しながら、彼との印象的な出会いに想いを馳せる。



 時は二週間ほど前に遡る―。


 酒々井はアルバイトの採用面接を行っていた。酒々井は年のせいもあってか、最近めっぽう体調を崩しやすくなってきており、休みがちな自分の代わりに店を任すことが出来るようにと考えたのだ。


 しかし酒々井が思っていたより応募者は集まらなかった。というのも、店のホームページでこじんまりとした募集をかけたにすぎなかったからだ。意外と集まらないもんなんだな、と酒々井がぼやいたところ、三年ほど店で働いてくれている女性スタッフからは、店のホームページを過信しすぎだろという手厳しい言葉が浴びせられた。


 結局応募してきたのは五人だけで、そのうち二人を新しく雇う運びとなった。そしてその二人のうちの一人が、江口龍彦だった。


 江口を一目見て、やけに好青年なのが来たもんだと酒々井は思った。


 昔の文学青年を思い起こさせるような丸眼鏡と、その奥から覗く意志の強さを感じさせる二重の黒い瞳。ぴっちりと綺麗に分けられている七三に、さっぱりとした、白のチノパンと明るめの紺色襟付きシャツに身を包んだ彼は、誰がどう見ても好青年以外の何者でもなかった。


 本日はよろしくお願いしますと、手渡された履歴書に目を通す。


 江口は店の近くにある大学に通っているようで、借りているアパートも徒歩圏内にあるらしかった。これは優良物件だぞと酒々井は思った。大学からもアパートからも近いとなれば、シフトの融通もききやすいし、交通費も浮くからだ。


「週どれぐらいシフトは入れたりっていうのはありますか? この日出たいみたいな希望もあれば」


「ここから近いっていうのもあって、基本的にどの曜日でも出勤できます」


 求めていた百点満点の回答。アルバイトとしてはこれ以上にない人材だったので、酒々井はその場で採用の旨を伝えた。


「ありがとうございました! それでは来週からよろしくお願いします」


 江口の去り際の気持ちのいい挨拶と共に、面接は終了した。

 

 そしてこの数分後、酒々井は江口に採用したことを後悔した。


 とりあえずシフトの連絡なんかもあることだし、連絡先を控えておこうと、江口から渡された履歴書に再び目を通したその時、酒々井の目が異変を捉えた。


 酒々井が目の端で捉えたのは、常識的に考えて、履歴書に書かれているはずはない文字列だった。それらの文字列は、異様な丁寧さと力強さを持って、趣味の欄に記入されていた。


【趣味】風俗巡り、AV鑑賞、AV女優さんのイベントに参加すること


 酒々井にとって、その時の衝撃ときたら、六十年近く生きてきた人生の中で、両手の指で数えるのに入るほどだった。


 人は見かけによらないなんて言葉があるが、面白え野郎がいたもんだな。採用を言い渡した手前、後に引けなくなった酒々井は、漫画に登場する強キャラみたいなセリフを内心で吐きながら、静かに覚悟を決めたのだった。



 そして現在に至る―。


 酒々井は最初のうちは気が気でなかったが、江口の働きぶりは目を見張るものがあり、早くもその心配は霧散していた。


 今も客と適切な距離感を保ちながら、気持ちの良い接客をしているところをまざまざと見せられては、文句の一つも出ない。


「店員さんも見てくださいよ、この写真」


 先程の緊張した様子とは打って変わって、江口に親し気にスマホの画面を差し出す女性。彼氏と思われる男性の方も、遠慮がちではあるが話題に参加している。


 無愛想な俺には到底できん芸当だ。江口に心底感心しながら、酒々井は三人の会話に耳をそばだてる。


「確かに写ってますねえ、女の人の顔みたいなのが」


「ですよねえ、やっぱり。最近二人で写真撮ると、殆どこれなんです」


「でしたらハメ撮りをお勧めします! こういう霊みたいなのって、不浄なモノを嫌うって言いますから」


 江口は誇らしげな笑みと共に、そう言い放った。


 店内の空気が、俄かに凍りついた。

 




 

 


 


 





 






 


 



 


 




 





 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る