【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香

第1話

「ツリアーヌ・フェイジョア公爵令嬢。貴様との婚約を破棄して、ここにいるルチル・マルアンナ男爵令嬢と婚約を結ぶ! 貴様は国母にふさわしくない!」


 わたくしの婚約者であったはずのユベールッツォ第一王子にそう宣言されました。思わず、わたくしは笑みを浮かべます。これで自由になれるのね。


「かしこまりました。婚約破棄、承りましたわ。拙い身ではございましたが、大変お世話になりました。殿下のこと、心よりお慕い申し上げておりましたわ」


 涙を流しながらそう答えるわたくしの姿に、同情的な視線が集まります。ユベールッツォ第一王子は、呆然としていらっしゃいます。


「……心よりお慕い…………」


 嬉しかったのでしょうか?


「ユベール? ユベール?」


 慌てた様子でルチル様がユベールッツォ第一王子を揺さぶります。愛称を呼ばせるとは仲がよろしいようで。


「では、本日からわたくしが受け取っていた業務は殿下とルチル様に引き継ぎいたします。わたくしは傷心のため、この後すぐに領地へと戻らせていただきます。このような場で申し訳ございませんが、引き継ぎに入らせていただきます。わたくしが殿下に代わって処理していた1日あたり150枚の書類の方、殿下へと引き継ぎます。当日に全て処理する必要がございますので、ご注意ください。内容につきましては、殿下の筆頭執事でいらっしゃるヤリアント様が把握していらっしゃいます」


 わたくしの言葉に、ヤリアント様が頭を下げられます。


「なお、わたくしの担当業務につきましては、毎朝行なっていた近隣5カ国との文通でのやり取り……こちらはもちろん各国語で行なっておりますのでご注意ください。そして、王宮で行われる夜会の準備、こちらは王妃様と合同で行っております。わたくしの担当業務の一覧は以下の通りです」


 ヤリアント様に依頼して準備しておいた書類を手渡します。


「ひっ!? こんなにあるなんて聞いてないわ!?」


 ルチル様が悲鳴をお上げになりましたが、続けさせていただきますわ。


「第一王子の婚約者となる者は、学園内の生徒会業務も必要です。こちらも一覧を準備しておきましたので、ご査収くださいませ」


 受け取りきれない書類の束にルチル様のお顔が死んでいらっしゃいます。


「わたくし、婚約破棄された元婚約者という立場になりますので、連絡は取らないほうがよろしいかと存じます。そのため、その他の日常業務につきましては、全てマニュアル作成してありますので、こちらをご活用くださいませ」


 張り切ってまとめていたら10冊もできてしまいましたわ。バサバサ音を立てて殿下とルチル様に渡される書類の束に、会場はシーンと静まり返っています。


「あ、あと、わたくしは10年かけて終えた王妃教育が待っているかと思いますが、そちらも頑張ってくださいませ」


 わたくしが微笑みかけると、ルチル様は殿下に抱き抱えられていらっしゃいました。


「そうそう。別の場所でお伝えしようかと思っておりましたが、機会がなさそうなので今お話しいたしますね? ルチル様のマルアンナ男爵家についてですが、今回の予算について、申請を一部却下いたします。後妻として入られたルチル様のお母様は平民でいらっしゃいますため、そのお母様が囲っていらっしゃる平民の男娼……ルチル様の本当のお父様でいらっしゃるのかしら? こちらのお方の諸経費は却下させていただきますので、私費で賄ってくださいませ」


 わたくしの言葉にマルアンナ男爵が顔を真っ赤にしてルチル様のお母様につかみかかっていらっしゃいます。


「あと、ルチル様の義理のお姉様でいらっしゃるトゥリルダ様がマルアンナ男爵家の正式な後継者であり、あくまで現マルアンナ男爵は中継ぎでいらっしゃることをお忘れなきよう。トゥリルダ様への虐待につきまして、また後日刑が執行されますので、よろしくお願いいたします」


 わたくしが微笑んでそう告げると、マルアンナ男爵家の一同は怒ったり慌てたりお忙しそうになさっていらっしゃいます。遠くでトゥリルダ様が静かにこちらに向かって礼をなさいました。




「それと殿下。わたくしが受け取る予定だった婚約者への予算を使って、ルチル様へ様々な贈り物をしていらっしゃることは、用途と異なる利用となりますので、殿下の予算へ訂正してくださいませ。あぁ、もちろんですが、今、わたくしの予算で貢物をしているバールダ公爵令嬢、シチル伯爵令嬢、ルルタリア男爵令嬢、スチットゥ子爵令嬢へのネックレス、ドレス、指輪、イヤリングですが、全て訂正願います。こちら、ルチル様が婚約者になっても継続される予定かと思いますので、その場合も間違えられたら訂正依頼をかけるよう引き継いであります。よろしくお願いいたしますわ?」


 阿鼻叫喚となっていたマルアンナ男爵家の皆様の中から、ルチル様が慌てて殿下の元へいらっしゃいました。そして、問い詰めていらっしゃります。名前を挙げられた皆様も集まっていらして、殿下を締め上げていらっしゃいますわ。


 婚約破棄されると分かった時点で、様々な調査を行いましたわ。その結果を皆様に引き継いだ上で、わたくしは領地で自由に暮らさせていただきますわ。






「では、みなさま」


「ま、待ってくれ!フェイジョア公爵令嬢!」


 慌てた様子で国王陛下と王妃陛下、お父様が駆け込んでいらっしゃいました。ゲストとして来賓席に案内される予定だったので、まだ会場の控え室にいらしたようです。誰が呼びに行ったのかしら? まったく……


「王国の太陽でいらっしゃる国王陛下におかれましては、ご機嫌いかがでいらっしゃいますか?」


「最低に決まっておるだろう! フェイジョア公爵令嬢、愚息は廃嫡とする。第二王子と婚約してくれんか?」


 決まり文句の挨拶に最低と返されても、わたくし困ってしまいますわ。


「お断りいたします。わたくし、自由を手に入れましたの」


「頼む。君ほど国母に相応しい女性はいないんだ。何をやらせても完璧にこなせる、そんな君がいてこそ、我が国は発展する」


「わたくし、すでに十分貢献したかと思いますわ。流石に、愛していた方から婚約破棄を突きつけられてすぐに、そんなことを考えられませんわ」


 わたくしの言葉に聴衆は同情的です。さぁ、領地に引きこもってゴロゴロしながら小説でも読みましょうか。楽しみですわ!

 国王陛下の悲しそうな叫び声を無視して、わたくしは領地へ向かう馬車へと乗り込むのでした。

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