掃除のおじさん(そうおじ)


 ホームレスの首吊り遺体がトイレから発見された。事務所のすぐ近くだった。公園の管理者どもは嗤っていた。俺はそれが許せなかった。


 彼は長年その公園に住んでいて、子供たちからは「そうおじ」という愛称で親しまれていた。缶のゴミを売り払うことで生計を立てているみたいで、確かに臭いはキツいけれど、空いてる時間に落ち葉の掃除などをしてくれる優しいおじさんだった。


 無愛想で挨拶も返さない管理者どもに申し訳なさそうにしながらも、俺と目が合うと頭を下げてにこりと笑うような初老の男性だった。


 アイツらのせいでそうおじは死んだ。捨てネコは可愛いからという理由で放置しておきながら、長年目を瞑っていたホームレスの臭いが気になるというクレームが一件寄せられたくらいで、彼の居場所を奪い、最後の生命線を断ち切った。


 せめて別の方法があったのではないかと感じる。放置しておいて急に追い払うなんて酷い。確かに市民の共有物である公園に勝手に住んでいるほうが悪いのはその通りなんだけれど、せめて尻拭いをしてやればこんな結果にならなくて済んだハズだ。


 そこまでする義理がないのは分かっている。

 でも、他人が死んで喜ばれるのは違うだろう。


 いや、分かってる。彼もそれを理解していた。ホームレスを公園から追い払ってほしい、という電話が来たのは先週のことで「今週中にここを去ってくれ」と管理者どもがお願いしたのが、月曜日だ。今は土曜日。行動を起こすのが速度があまりにも早すぎる。


 そりゃそうだ。どんな事情があるにしろ、人生に絶望したからココに住んでいたわけだ。おじさんはこの五日間、どういう心情で生活していたのだろう。もう最初から腹を括っていたのかもしれない。覚悟を決めていたのかもしれない。腹を括って、首を括った。


 ああ、正しいよ。これで公園がまた清潔になりました。おじさんが死んだトイレをラジオ体操に来たおじいさんが使っているよ。芝生で若いカップルが寝転びながら、マラソンランナーはストレッチをして、子供たちは歌を歌いながら手を繋いで、散歩をしている。あまりにも眩しい光景だよ。


 正しいよ。ホームレスなんて存在価値がないんだもの。臭くて、汚くて、ゴミを漁るハイエナで、段ボールを敷いて寒空の下で眠るような根性を持ち合わせていながら、どうにかその場所から脱しようとする努力を怠って、どんな過去があったにせよ、国からの助力を拒否して、家族や友人もおらず、他人の迷惑になる選択をしたのだから。


 お前らがいつだって正しい。

 吐きそうなくらいに。


 もし出来ることなら、あのおじさんの人生を聞いておきたかった。どうしてそうなったのかを尋ねておきたかった。出来ることなら援助だってしてやりたかった。


 よかったなあ。死んで喜ばれる人生で。アンタらがそうおじを追い払ったことで、公園から落ち葉を拾う人が居なくなったよ。俺の仕事が増えたよ。ありがとなあ。


 何も知らない子供達が駆けてゆく。

 彼らの人生に希望があることを願って、俺は箒とちりとりで落ち葉を拾った。骨を拾うように、枯れてしまった木々の残骸を袋に詰め込んでゆく。


 こうやって掃除をしていると、ふと学生時代の掃除時間を思い出す。あの頃は教師に言われるがまま、文句を垂れながら無理やり手を動かしていたけれど、大人になった現在、そういう瞬間の積み重ねにも意味があったのだと思い知った。


 無心に手を動かした。風が吹いても寒さを感じなかった。負の感情はいつの間にか過去の思い出の中に逃げてゆき、後に残ったのは舗装されて綺麗になったコンクリートの地面だった。歩き易い道ができていた。


 西日が、公園内を静かに照らしている。


────────────────────

テーマ『掃除』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

余命3千億5千万字。 首領・アリマジュタローネ @arimazyutaroune

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画