「ねぇ聞いた? 午後からセカイ終わるんだって」
よくぞ聞いてくれました!と言わんばかりの彼女が手を叩いて「えっとね、」と興奮気味に身体を揺らしているもんだから、なんだか微笑ましくて、興味はなかったけれど「よかったね」と同調した。
女子高校生あるある。
盛り上がれる話題ならなんでもオッケー。
「んっ、んっ」
「大丈夫?」
「なんか今日乾燥してない?」
「たしかに〜。あ、のど飴あげる!」
「ありがと」
彼女のカバンの底から出てきた飴は溶けて変形していて、フィルムを破くことさえ苦労した。
雨が降っている。
ザーッって感じじゃなくて、ガガガッって感じで。
×××
「皆さんは若いので知らない方も中にはいるかもしれませんが、30年前ーー
理科教師の
ローファーをスリッパに履き替えたので、つま先が冷えて寒かった。足元を温めるために正座をしていたら、すぐに足が痺れてきた。理科室の椅子には背もたれがついていない。だから背中も痛くなる。
背もたれがついていないのは、実験中になんらかのトラブルが発生したとき、すぐに教室から逃げれるようにするため。
でもそれって、小さな実験室の、地球全体から見ればちっぽけな校舎の箱の中の話でしかなくて、今はこうやって地球全体のトラブルに見舞われているわけだから、背もたれのついていない椅子に腰掛けたところで、宇宙に脱出することはできない。つまり疲れるので急速に背もたれをつけてほしい。意味がないので。
足の痺れとスカートの位置を調整しながら、再び窓の外に目をやると、黒雲がセカイを覆っていた。強烈な勢いで街を濡らしている。
9割。空に9割、雲があれば「くもり」と報じられる。8割以下は晴れ。今は豪雨。曇りのち大雨。
私は理科が好きだ。
科学的な分野に興味はあるけど、そんなのは女子高校生あるあるから離れてしまっているから、あまり口に出さないようにしている。でも好きだ。
大学は理工学を専攻したい。
その将来が、本当に訪れるのであれば。
※ ※ ※
「
扉が開けっぱなしになっている。寒い。キュキュッと体育館シューズが床を擦っている。
先輩は扉の前に座り込んで、バスケットボールを人差し指でアニメみたいに器用に回している。
私はちょこんと体操座りをしている。
「須藤先生は『しない』って言ってましたよ」
「じゃなくて、俺は橋田の意見が聞きたいの。だって、ほら、そういう話題好きじゃん」
目がいい。
「現実的に考えれば、地球が突然滅亡する可能性って極めて低いです」
「うん」
「でも、そんな現実の範囲外から自分たちが認識していないような予測不可能な事象が突然発生する可能性も、0ではないと思います。例えば“真空崩壊”とか」
「真空……崩壊……?」
先輩が目を丸くして私を見た。アーモンドみたいな瞳。飼っている猫と同じ目をしている。
「簡単に言いますと、私たちの宇宙ってエネルギーが安定した真空の中に存在しているんです。ただその安定した真空が実は偽の真空で、真の真空に移行するのを待っているだけかもしれないんです」
「???」
「仮に宇宙のどこかでそれが発生した場合、今の物理法則は全く通用しなくなります。質量が書き換わり、瞬時に全てを破壊してゆくからです。生物も、惑星も、宇宙すらも」
「ひえっ……」
「仮に既に惑星の大半を破壊して、地球に到達しようとしていたとしても、私たちの認識できる速度を超えているので気付けていないかもしれませんね。だから、もしかしたら宇宙人が私たちにメッセージを送ってくれているのかも。真空崩壊が起きているので、2時間39分後に地球さんのところにも到達しますよー、って」
「はは……。頭いいんだな、橋田は」
先輩がバスケットボールを取りこぼした。
雨が、勢いを増している。
「……橋田はさ、このセカイが滅亡して欲しいと思う?」
「どうでしょう。滅亡したとしても、気付きませんし、逃げられませんから。成す術なしです」
「俺はさ、滅亡してほしくないなあ」
良川先輩が立ち上がって、私の肩にスポーツウェアを掛けてきた。
先輩の匂いがした。
「もっともっと、橋田に色んなことを教えてもらいたいしさ」
良川先輩が笑っている。彼の横顔をまるでプラネタリウムを眺めるかのように、私は観察している。大きな手だ。鼻先から息が出る。空気が乾燥している。喉が痛い。唾を呑む。体温が上昇している。
今日の午後、セカイが終わるらしい。
でも願わくば──
どうかこの世界がもう少し長続きしますように。
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テーマ『地球滅亡』
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