生首ちゃん。
押し入れには生首があった。ひぃ、と腰を抜かしそうになった。生首の女がジーッと生気のない目でぼくを見つめている。口元には乾いた血が付着していた。ぼくは怖くなって、押し入れを閉めた。
『こ、こらっ』
彼女の声がしたので、ぼくは恐る恐る扉を半分だけ開き中を確認すると、生首はむっとしていた。ぼくは首を曲げて「なんで怒ってるの……?」と尋ねた。彼女は答えた。
『──だって、アンタが殺したんじゃない』
青白い肌のまま目を見開いている。
ぼくは後ずさりした。
そうだ。散々自分勝手に振る舞っておいて最後には浮気をして別れ話を告げてきた元カノに逆上して、ついつい殺してしまったんだった。ナイフで首を切断し、身体は山に捨てたんだっけ。今朝のニュースで【サイコパスの犯行か?!】と大々的に騒がれていたけど、自分はサイコパスなんかじゃなくて、単に元カノの顔が好きだったから持って帰ってきただけなんだけど、と言い訳をしているうちに記憶から消してしまっていた。……って、この考え方自体が既にサイコパスっぽいけど。
『さっさと処理してよっ。こんな格好、恥ずかしいし』
生首が喋っている。
でもその声は元カノとは全然違っていて、口調も性格もまるで別人のようだった。5年付き合った彼女の顔は好きだったけど、性格が良くなかった。気が強くて攻撃的な彼女は機嫌が悪くなるとすぐにDVをしてきた。お金をたくさん使って、それを返そうともしなかった。高飛車で生意気で小悪で、それでいて浮気性だった。あんな仕打ちはないだろう。
『……あたしのことが嫌いだから殺したんでしょ? だったらさっさと捨てなさいよっ』
ぷいっと、生首が拗ねている。
なんだか可愛く思えてきた。
「嫌いじゃないよ、大好きだよ」
『うっそだあ! じゃあなんで殺したのよ』
「君のためを思ってだよ。君が大好きで、僕だけのモノにしたかったから殺したんだ」
『……ほんと?』
「本当だとも。君が好きだよ」
ぼくはそういって、生首ちゃんを抱きしめた。
胸の中で恥ずかしそうに彼女は黙っていた。
それから毎日毎日、生首ちゃんとお話した。
朝起きたらおはようのチューをして、一緒にご飯を食べた。
眠るときも同じ布団で眠った。
お風呂に入って髪を乾かしてあげると、彼女は頬を赤らめながら俯いていた。
それは幸せな日々の連続だった。
ある時、インターフォンが鳴って警察が尋ねてきた。何も知らないと惚けたけど、令状を見せられて、家宅捜索が始まった。ぼくは彼女との昼食を食べていたから食器を片付けようとしたけど、警察官に腕を掴まれたので、黙ってジーッとしていた。
彼女との幸せな日々がもう終わるのだということを悟って、すごく悲しい気持ちになった。
生首ちゃんは、ぼくがいなくても大丈夫なのかな。
一人でご飯を食べられるのだろうか。
心配だなあ。
警察の人は「うっ……」と異臭に鼻を摘みながら(なんて失礼なのか。毎日シャンプーだってしてあげてるのに)押し入れに近づいた。そして、そこに生首ちゃんがいることを知って、腰を抜かしていた。みんな最初はそうやって怖がる。だけど、彼女は普通の女の子だ。だからせめて優しく接してあげてほしい。
「こ、これは……どういうことだ?」
警察の人が尋ねてくる。
「? 仰っている意味がわかりません。見ての通り、ぼくの彼女の生首ちゃんです。可愛いでしょ?」
警察の人に自慢してやろうと思ったのだが、そこにあったのは腐りかけた元カノの頭部だった。生気を失った目を見開きながら、口元には乾いた血と食べかけのお米が張り付いている。うえっ、なんだこれ……。
……あれ? ぼくの生首ちゃんどこへいった。おーい。
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テーマ『現実逃避』
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