いちごのいちえ
上村なみ
1 小学生 習い事にて
主人公:相原 一笑(あいはら いちえ)
「やっほー!」
「やっほ~。」
私は水泳を習っているんだ。週に一回木曜日に、この送迎バスに乗ってスイミングスクールに向かうの。だから私は木曜日が大好き。しーちゃんにも会えるしね。
しーちゃんは、同じスイミングスクールに通っているお友だち。すっごくお話上手で、会うたびに面白い話をしてくれる。
「最近ね、社会のテストがあったの。それでね、おじさんの写真が出てきたんだ。この人は誰でしょうって問題だったんだけどね。なんと、その写真のおじさんが、私の親戚のおじさんにそっくりだったの!もうそのおじさんにしか見えなくなっちゃって。テストの紙におじさんの名前を書いたの。」
「え、ほんとに書いたの!?」
「うん。だってしーの中ではおじさんだったから。間違ってはいないもん。」
「そうなのかなぁ。」
「それでね、そのテストが昨日帰ってきたの!私が答えに『おじさん』って書いてたことなんてすっかり忘れてたんだけどね。で、そのテスト、何点だったと思う?」
「ん~。85点くらい?」
「ブッブー!正解は0点!」
「えー!」
「しーもびっくりしたの。だって名無しでもなかったんだもん。表面を見ても、結構丸がついてたんだよ?なのになんでだろう、先生の書き間違いかなって思ってたのね。」
「うんうん。」
「で、先生に聞きに行ったの。なんで0点なんですかって。そしたら先生、あなた回答をふざけたでしょうって言うの。でもその時にはもうしーが『おじさん』って書いたことは忘れてるから、ふざけてなんてないですって言ったの。そしたらあの『おじさん』っていう答えは何ですかって言われちゃって。そこでやっと思い出したのね。しーが『おじさん』って書いたって。でも0点にしなくてもよくない?」
「うん。0点はヒドイ。」
「そうだよね!だからしーね、先生におかしいと思いますって言ったんだよ。」
「え、言ったの?」
「そう。だって他の問題は何個か丸だったんだよ?」
「確かに。」
「でしょ。だし、別にふざけた訳じゃないもん。本当におじさんだと思っただけ。だから何も悪くない。で、先生に言ったの。しーは本気でおじさんだと思いましたって。だから、それを証明するために写真を持ってきますって言ったの。そしたら先生、なんて言ったと思う?」
「えー。持ってきても持ってこなくても0点ですよ、みたいな?」
「ううん。先生は、分かりましたから持ってきなさいって言ったの。」
「え、じゃあ許してくれたの?」
「それがね、しーが写真を持って見せたら、これは似ていませんねって言われて0点のままなの!ヒドイよね!ほんとに似てたのに!」
「ええー!せっかく持って行ったのに?」
「そう。もうそっくりだったのにだよ?今日持ってくればよかったかも。あのね、眉毛がこんーなんで、目はこんな感じで、口はこんなん。で、顔はこんくらい大きくて、髪の毛はこんな感じなの。」
しーちゃんは、身振り手振りでおじさんの顔を教えてくれた。それが面白くてたまらなくて二人で爆笑する。バスの中だから、たくさんの人が振り返ってこっちを見ていた。あ、マズイと思ってしーちゃんのほうを見る。目が合って、それが面白くてまたなぜか笑っちゃう。
「あはは!変な顔。」
「変な顔だけど、偉い人らしいから覚えといたほうがいいよ。いっちゃんもテストに出るかもしれないし。」
「それは覚えとかなきゃ。」
そんな面白い話を聞いていると、すぐにスイミングスクールについちゃう。もうちょっと聞いていたかったのに。
「ああ、もう着いちゃうね。いっぱい泳がなきゃ。あ、そうだ。話すの楽しくて言うの忘れてた。しー、来週からいないかも。」
「え?どういうこと?」
「しーね、遠くに引っ越すことになったの。九州だって。すごい遠いんだよ!」
さっきまで楽しい話をしてたのに私の顔は一気に曇った。来週からしーちゃんに会えない?
私はこんなに悲しんでるのに、しーちゃんは一切顔色を変えない。ニコニコしたまんま。さらっとしていて、なんとも思ってないみたい。
「えー!嘘!ほんとに行っちゃうの?」
「うん!お父さんが転勤になったんだって。でも九州ってどんなところなんだろう。ちょっと、っていうか結構楽しみなんだあ。いっちゃんと会えなくなるのはちょっと悲しいけど。」
「悲しいよぉ。来週からつまんなくなっちゃう。」
「あはは!そんなことないよ!泳ぐの楽しいもん。」
「そうかなぁ。」
そんな話をしていると、とうとうスイミングスクールに到着した。
私としーちゃんは違うクラス。クロールのクラスは人数が多いから、二クラスに分かれてるの。だからここでお別れ。しーちゃんとおんなじクラスだったらよかったのに。
「じゃあね、しーちゃん。帰りのバス、同じの乗れるといいね。」
「うん!でもしーのクラスのコーチ、話長いんだぁ。」
「あはは!短くなるといいね。」
「うん!ばいばーい!」
「じゃーね!」
そうしてしーちゃんとは別れた。その日の私のクラスのコーチの話は長くて、どのクラスよりも遅く終わった。
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