琴線に触れる日常
鷹川安世(たかがわ あんぜ)
Episode.1 新玉ねぎと幸せと篠田桃紅
今年初の新玉ねぎを食す。
一つ目はシンプルに蒸して白だしでいただく。厚みのある半透明の果肉。まるでフルーツを食べているかのような舌触りと甘み。あまりの美味しさに打ち震えた。
普段口にしている茶色の玉ねぎは乾燥させたもの。新玉ねぎは乾燥させずに出荷しているので保存はあまり効かないが、それ特有の瑞々しさと優しい甘みが豊富で本当に美味だ。
なぜ新玉ねぎが春だけの旬野菜なのか。収穫した玉ねぎを乾燥させなければ年中出荷可能ではないのか。そのようなことをふと疑問に思い、軽く調べてみる。
新玉ねぎは『白玉ねぎ』という早生品種のものが主で、普段私たちがスーパー等で目にする玉ねぎとは別物だ。新玉ねぎは水分量が多く腐敗しやすいため、保存が効かない。ゆえに年中出回ることができない代物──ということらしい。新玉ねぎの旬は凡そ3〜5月。最近は一部冬にも楽しめるものがあるらしいが。旬の期間内は思う存分堪能したい。
新玉ねぎを口に運びながら、ふと脳裏に『幸せ』という単語が浮かぶ。
幸せ。幸せ。どうして?
新玉ねぎが美味しいから、幸せ。
こういう人間の持つ五感、特に味覚から『幸せ』という感覚を直接導き出すことが個人的にはとても珍しく、久しいものだったので、こうして書き留めておくことにした。以前個人blogでも綴った気がするが、自分が美味しいと思うものは何か、楽しいと感じることは何か、幸せと感じることは何か。言い方が少し大袈裟かもしれないが、この世に生まれ落ちてからここへ辿り着くまで、そういうことを意識的に拾っていくということがとても難しい環境にあった。
ここ1〜2年ほど前から、全くのゼロベースから自分で手探りでそういうものたちをひとつひとつ、丁寧に根気よく拾って向き合ってきた。
例えばこの絵画が好き、この紅茶椀が好き、こういうジャンルの本が好き。こういう分野に興味がそそられる。こういうことをしているときが幸せ。そういうものを地道に集めてきた。
それこそ多量の砂の中から、小さな輝く自分だけの宝石を一粒ずつ見つけ出すような試み。その成果が出始めたのか、今の私は自分の芯になるようなものに触れつつある(ような気がする)
絵でも本でも食べ物でも。何についてもそう。自分が良いと思った物事、好きだと思った物事。どんなに小さなことでもきちんと反応してひとつずつ拾っていく。そういう試みの積み重ねが、いつか必ず私の揺るがない力となり、支えとなる。そう信じているし、そうなる予感がする。生涯大事にしていきたい感覚。
今回はただシンプルに、おいしいはつよい。
おいしいは幸せに直結する。
あらためてそう思えた日だった。
それともうひとつ。今回のタイトルにもある篠田桃紅という存在。
『新玉ねぎと幸せと篠田桃紅』
一見すると三つとも無関係なようで、私の中ではきちんと繋がりがある。新玉ねぎを美味しいと感じて、幸せだと思った日。その日の夜、偶然『篠田桃紅』という一人の美術家の存在を知る。107歳で逝去するまで、独自の美を追求し続けた一人の芸術家。
『どういう人と出会うか、どういうものに出会うかは、自分が生きたい方向をどれくらいまっすぐに見ているかによって決まると思います』
今回私が篠田桃紅を知るきっかけとなったとあるインタビュー記事。その中で綴られていた言葉がすとんと私の中へ落ちてきた。あれこれと試行錯誤しながら、自分の『好き』に少しでも近づこうと日々生きていると、時折こういうことに巡り合う。例えるならば、難解なパズルのピースが思いも寄らぬかたちで、ある日突然カチッとはまるような感覚。最近よく感じるようになった、あちらこちらに点在する、一見すると無関係な点と点がピンと一本の線で結ばれるような感覚とはまた違うような気もする。もっと言うと、今回は突然神さまから『あなたこういう人にも興味があるんじゃない?』と不意に情報を手渡されたような、そのような感じ。
篠田桃紅という美術家がどういう存在なのか。何を成し、何を残したのか。そういうことを、私はまだ詳しくは知らない。けれどこうして知ることができたのだから、何かの縁だと思っていつものように少しずつ掘り下げていきたいと思う。
こういうことに、以前よりも気がつくことができるようになって、幸せだと思う。
これがこの日二つ目の幸せ。
新玉ねぎを美味しいと感じることで得た幸せと、日々自分なりの積み重ねから得られた幸せ。
以前の私ならば、へえそうなんだで済ませてしまうようなこと。自分の中に留めておくことなく、そのまま忘れてしまうようなこと。
世の中には、私の知らない素晴らしい人たちがまだまだたくさん存在している。そういう人々すべてを知ることは難しいかもしれないが、この日のように私独自のアンテナが合った人物や物事は出来得る限り拾いきって、自分の糧としていきたい。
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