穏やかな田舎町。僕は親友に裏切られて幼馴染(彼女)を寝取られた。僕たちは自然豊かな場所で何をそんなに飢えているのだろうか。
ネムノキ
第1話 親友と幼馴染の情事
まさか自分がこのような状況に巡り合うことになるなんて、思いもしなかった。これはあくまで、ドラマや映画のなかの光景なのであって、決して自分の身には訪れないものだと、そう思い込んでいた。
しかし、それはおおよそは正しい思い込みなのだと思う。誰しもが、このような凄惨な目に遭っていいはずがないのだから……
この世は幸せで溢れていなければならないのだから……
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
季節は初夏で、学校から帰る道すがらには、たくさんの淡い桃色のねむの木が咲き乱れている。まるで、そこは桃源郷のように美しくて、久彦にとってはお気に入りの場所でもあった。
ねむの木のトンネルを、淡いピンク色のトンネルを、今の季節にだけ訪れる儚いトンネルを、久彦は自転車に乗りながら颯爽と駆けていく。
心地の良い初夏の風が肌を撫でていく。部活動でかいた汗が風でどんどんと乾いていく。そして少し力を入れて漕いだ途端に、また新しい汗粒が額や尻、脇の下に浮かんでくる。
まだ、その汗が心地よいと思えるくらいの年齢。汗を掻けば搔くほどに、青春というものが、心の奥底から湧き出てくる年齢。
久彦は、日常に満足していた。高校生活に満足していた。それは明らかに久彦の幼馴染であり、彼女でもある『
久彦の青春は明らかにこの三人を中心に回っていた。循環していた。瑞々しいまでに、その青春の青々しい煌めきを謳歌していた。
……
……
真っ青な空。そこにもくもくと湧き上がるようにして、浮かび上がる入道雲。彩りを与える山々の深緑。この町の、全てが夏の構成要素で染まっている情景。
久彦はこの町が大好きだった。比較なしで、ただ純粋に、この町が大好きだった。近代性のなかから、都会性のなかから、取り残されているということなど、少しも気にならないほどの自然。自然。自然……
自然に囲まれながら、久彦を含めた三人は何不自由のない満ち足りた、あらゆることにおいて満ち足りている生活を送れていた。
送れていた……
と、
そう思っていたんだ。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
(久彦……。また今度二人きりになれるときにね。いっぱいしようね)
自転車が、神社の手前に差し掛かろうとしていた。
そのときに、久彦は緑の言葉を反芻していた。そして健全な高校生男子がふとした瞬間に勃起するように、久彦もまた自転車のうえでスピードを出しながら、素早く勃起していた。
久彦は当然のように、すでに緑とは肉体関係をもっていたし、それは彼らが中学生のときにすでに行われたことだった。
しかし、そのような行為の、高校生になった時分にもたらす性的高揚感というものは、凄まじいもので、人生における極大点であるともいえるのかもしれない。
久彦は今までにないほど緑を欲しているし、緑もまた同じように久彦を欲している(と思う。)
だからこそ、ふとしたときに久彦は緑の甘い誘惑の言葉を思い出すし、それに伴って固く完璧な勃起をした。
繰り返すが、これは男子高校生の誰もが、健全であれば(このときの健全という概念は大多数が当てはまること、となるのかもしれない)通る道であるし、久彦自身は通るべき道だと思っている。それが自己肯定であるのか、客観的事実であるのか、それを見極めることはできないけれど。
久彦は青春の只中で性に燃えていた。
人並に燃えていた……
……
……
……
久彦の耳を、神社の鬱蒼とした森のなかに潜むクマゼミの声が激しくとらえた。
いつもの、放課後の部活動帰りの夕方の時分だった。
しかし、そのときに久彦は日常的ではない声を聞いた。
それはあまりにも非日常的な声だった。
喘ぎ声だった。
鳥居の奥……
鬱蒼とした森に囲まれた鳥居のその奥深く……
夕暮れ時にさらに暗闇の進んだ領域……
その奥深くから、
クマゼミの騒音を搔い潜るように漏れ出る、喘ぎ。
そして、それは久彦のあまりにも聞き慣れた声だった。
「…………」
久彦の胸が激しく波打つ。声がなにも出てこないほどの緊張。
生々しい緊張。
可能性としての……
浮気?
「うわ、き?」
久彦の頭にそのような言葉が浮かんだ。しかし、声だけでそのような想像を巡らすのは、あまりにも愚かな想像力の豊かさだと久彦は思い、平静を保つ。
平静を保つ?
しかし、それを理性が許そうとしない。そう、これは本能からくるものではない。明らかに理性が、その傲慢な理性が、唐突の暴発を起こそうとしている。
久彦は、すでに別の生き物になっているようだった。
すでに、その足は鳥居を跨いでいた。いつもの一礼はなかった。すでに神などといった抽象的な物事が頭から抜け落ちている。
理性が、事実を求めている。
その喘ぎ声の原因を求めている。
久彦はそのような欲を抱えて、ずかずかと神聖な領域をおかしているように見えた。
おかしているように、みえた……
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
事実。
緑は喘いでいた。
緑が喘いでいた。
誰と?
……
……
紫と。
久彦の親友である、紫と一緒に儚く喘いでいた。
その情事が完全なる官能であるかのように、二人して夢中になって喘いでいた。
猛烈な性欲が交錯していた。
「おい」
短く区切られた、壮絶な怒りに満ちた声が久彦を満たした。
そしてしばらくして、二匹の動物がほとんど同じタイミングでその体を、裸の肉体をびくりと震わせて、こちらを悪魔でも見るかのような瞳で、捉えた。
クマゼミが、3人の今までにない雰囲気のなかで、ただ猛烈に鳴き盛っている。
3人の青春。
久彦と緑の関係。
今までにあったものが、今までにあったと思っていたものが、
唐突に、それは幻想だったということが示された。
久彦はただ幻想を見ていただけだった。
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