3-8:迫る影
「アマディアスからは聞いているかい?」
イザーガ兄さんはそう言って私を見る。
一体何の話だろう?
「今イザンカ王国は外部からの脅威に対して防衛力が劣っている。しかしそれを補うためにアマディアスが黒龍の孫娘と夫婦になり、その背後には女神様の加護すら見え隠れしている。本来ならイザンカ王国は安泰になるはずだったんだよ」
イザーガ兄さんはそう言って近くにある椅子を手に取り、それに座る。
そのしぐさを見てマリーがすぐに椅子を準備して私に差し出して座らせてくれる。
どうやら話は長くなりそうだ。
「うん、やっぱり君のお付きは優秀なのが多い。さて、それでは今までの状況を話そうか?」
イザーガ兄さんはそう言ってにこりと笑う。
しかしその眼だけは笑っていなかった。
*
事の始まりは五年前。
私の五歳の誕生日が始まりだった。
当時イザンカ王国へその領土を拡張するためにドドス共和国が不穏な動きをしていた。
それもそのはず、ドドス共和国の重要な産業の一つ、魔鉱石の輸出量が減っていたのだ。
うちの隠密である「草」と呼ばれる隠密部隊や隣国のジマの国のローグの民が協力してその辺の情報は掴んでいるので確実な情報だった。
そしてはぐれジーグの民がどうやらドドス共和国に雇われているという情報も確定のようだった。
当時のドドス共和国にしてみれば可能な限りイザンカ王国の力をそいでおきたかったと言うのが事実らしい。
だから私の殺害がもくろまれたようだ。
だが、その後ドドス共和国としてはもう一つの目の上のたん瘤となるジマの国の守護神である黒龍の孫娘とイザンカ王国の第一王子アマディアス兄さんの婚姻は想定外の事だったらしく、イザンカ王国への侵攻はいったん中止となっていたようだ。
なにせ黒龍と女神の加護があるイザンカ王国へ下手に手を出したら自分で自分の首を絞める事となる。
しかし、この五年間でドドス共和国は財政の悪化が顕著となり、領土拡大による財政難を克服する必要が出て来たらしい。
それ故、虎の子であったミスリル金属の放出をしてまでガレント王国から量産型の「鋼鉄の鎧騎士」を購入していたらしい。
表向きには魔獣の対処、特に大型の地竜などの脅威から自国を守るためと言う事でガレント王国には理解を得て購入にこぎつけたとか。
それ自体は自然な事で、事実ドドスの街の近隣では軽度ではあるものの大型の魔獣による被害が出ていたらしい。
しかし、イザーガ兄さんが入手した情報はそんな表向きのモノとかけ離れていた。
「ドドス共和国は、ガレント王国製の『鋼鉄の鎧騎士』を大量に購入と同時にジーグの民の秘術の研究にも余念が無かったようだ。それはつまり、『女神殺しの竜』ですら抑えられると言われるジーグの民きっての秘術、『竜殺しの呪い』を実戦で使えるようになったと言う話だ」
イザーガ兄さんはそう言ってマリーを見る。
マリーはそれを聞いて頬に一筋の汗を流していた。
「そこのメイドはジマの国の王族の出だろう? ならばジーグの民の数千年に及ぶ黒龍への恨みの呪術、聞いた事くらいあるだろう?」
「確かに……ジーグの民は建国王ディメア様について行ったローグの民の分家。そしてディメア様を殺害し、当時のジーグの民を惨殺したとされる黒龍様に恨みを持ち、長年黒龍様に復讐する為に編み出した秘術と聞きます」
マリーは沈痛な表情でそう言う。
しかし、黒龍が健国王や当時のジーグの民を惨殺したってどう言う事?
私が首を傾げマリーを見ていると、マリーは軽く頷いてから言う。
「この話には大きな誤解があり、その歴史的真実は双子のエルフによってその真実を暴かれジーグの民は黒龍様への恨みを無くし、たもとが分かれたまま静かに魔の森で暮らしていたはずだったのです……」
「しかし一部ジーグの民はその力を持って雇われの隠密として他国に加担する事になったんだよ……」
イザーガ兄さんはそう言って、深く椅子に座り直す。
そして虚空を睨みつけながら言う。
「このイザンカ王国の危機だ。アマディアスとしては黒龍の娘と一緒になる事でドドスのたくらみを押さえたつもりだが、あいつらがそんな事くらいであきらめる事はない。だからアマディアスにも黒龍の孫娘がもたらした連結型魔晶石核を我がイザンカ王国の『鋼鉄の鎧騎士』に早期装備を促し、ミリアリアをブルーゲイルに行かせて新型の『鋼鉄の鎧騎士』開発に従事させたのだがな……」
イザーガ兄さんはそう言って今度は私を見る。
「流石に幼かったアルムエイド君に期待をするのは間違いだったよ。しかし君のお陰で根底的な問題は分かった。ミリアリアの報告通り黒龍の孫娘がもたらせたオリジナルの『鋼鉄の鎧騎士』も装着していると言う連結型魔晶石核を使うには今までのイザンカの『鋼鉄の鎧騎士』ではダメだったんだ」
ここまで言われていろいろな事がつながり始めた。
私を襲ったのはドドス共和国から雇われたはぐれジーグの民。
イータルモアがアマディアス兄さんと一緒になってこの五年間表立っては平穏に見えたが、その裏ではいろいろな思惑と動きがあった。
ガレント王国もこの事を考えてイザンカ王国とのつながりを持とうとしたのかもしれない。
「でもそれなら、なんでガレント王国は量産型の『鋼鉄の鎧騎士』をドドス共和国になんかたくさん売りつけるんです?」
「表立っては防衛の強化だが、魔獣たちがドドスの近郊の町や村を襲っていたと言ったな。しかしそれは自作自演の可能性が強いのだ。それはジーグの民のその秘術が関係していて、ある程度の魔物は簡単に操る事が出来るらしい」
「なっ!?」
完全に全てがつながった。
今までの異常な魔物の襲撃。
イザンカにいないはずの地竜でさえ操られこちらに来ていたと言う事か!!
「レッドゲイルに何故オリジナルの『鋼鉄の鎧騎士』があるか知っているかい?」
イザーガ兄さんのその質問に私は首をかしげる。
「解放の姫」の話では、クーデターで王都ブルーゲイルから逃げ出した姫がこのレッドゲイルに隠されていたオリジナルの「鋼鉄の鎧騎士」を復活させ、反乱軍といきなり現れた魔王を退けたと伝えられてはいた。
しかし、そもそもオリジナルの「鋼鉄の鎧騎士」が何故このレッドゲイルにあるのか?
イザンカ王国の王家の正当性を示すそれがレッドゲイルにずっとあると言うのも確かに不思議だ。
「かつて英雄がイザンカ王国を手助けしてドドスの脅威から国を救った。そして当時の世界の混乱の元凶であるガレント王国の第一王子を追うために守りの弱くなったイザンカ王国の為にその外装だけを置いて行ってくれた。それは戦争になれば真っ先にドドス共和国に近いレッドゲイルが狙われるからだ」
「あっ!」
その伝説にも今の言葉で納得がいった。
ドドス共和国はカリナさんも言っていた通り、懲りない性分らしい。
だから何百年経ってもイザンカ王国に対しての野心を捨てていない。
それはたとえ黒龍や女神様の意にそぐわなくても。
「で、でも、もし表立ってイザンカを攻めて来たら、黒龍に対してはそのジーグの民の秘術があっても女神様が黙っていないんじゃ……」
「女神様は人どうしの戦争には手を貸さないんだよ。それは歴史が証明している。魔人出現や他の脅威の時はいち早く動いてくれるが、人どうしの争いには一切手を出さないんだ。だからドドス共和国も『鋼鉄の鎧騎士』を使ってイザンカに攻め込もうとしているのだろう」
それを聞いた私は遠い過去を思い出した。
それは私が転生する前のあの女神の言葉だった。
―― なので、数千年経ってもあの世界では人々の生活はほとんど変わらぬままと言う所ですわ ――
この世界の文明は進化がほとんど無いらしい。
数千年同じような生活をしているのが当たり前だとか。
だからこの世界の国々は数千年と言う歴史を保有する国が少なくない。
それは女神の手が入らない人の歴史だからだ。
人々はその変わらない生活に何の疑問も持たない。
女神の教えを守り、伝統的な生活をしていて何ら不満も持たない。
この世界はそう言う世界だ。
だから女神は人の営みに手を貸さない。
女神の奇跡が人々に及ぼす逸話は聞いた事が無い。
それ程女神はこの世界の住民に無関心でいて変化を望まないのだろう。
いや、下手な進化が無いからこそこの世界を維持できるのだろう。
「じゃぁ、ドドス共和国に対しては……」
「切り札となる新型の『鋼鉄の鎧騎士』を早急に作り上げオリジナルが矢面に立ちイザンカ王国を今だに守っている事を内外に知らしめるほかないのだよ」
私はイザーガ兄さんのその言葉に初めて時間の無さを感じるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます