第11話 ゲーム? 虚しいよ。何も残らないしね。人生と同じさ。

 心の壁というのは案外脆いもので、一度経験してしまうとハードルはぐっと低くなる。

 なんの話をしているかというと、ガチャの話である。


 最近始めたソーシャルゲームで、ついに戸村真広Pとしてデビューしたわけだが、人生で初めて課金した。課金童貞を卒業したのである。

 課金きもちえー(脳死)。

 運営様への恩返しにもなるし、ほしいキャラがゲットできるし、なんだこれ天才か?


 幕ノ内(まくのうち)亞里砂(ありさ)というアイドルを応援しているのだが、この子がこれまた可愛い。小学生アイドルで、いつもキラキラしていて、部屋の隅でやっているとうっかり浄化して砂になりそうだ。


 人生にアイドル(二次元)を導入したことによって、爆発的に幸福度が上昇する。


「なにニコニコしてるんですか。気持ち悪いですよ」


 深夜と呼ぶにはまだ早い時間。十時のリビングで、ばったり七瀬さんにエンカウントした。

 開口一番ぶっ放されるが、自覚はあるので頷いておく。


「うん。そうだね」

「そうだねって……なにを納得してるんですか」


「冷静に考えて、小学生相手にキャッキャしてる俺は気持ち悪いなと」

「しょ、小学生!?」


 そういえば七瀬さんは中学生か。

 中学生……ねえ。


「安心して。十三才以上には興味ないから」

「安心できる要素が一つもないんですけど!」


「それとz軸のあるものにも興味ないかな」

「z軸ってなんですか……」


「ん。そういえば高校で習うんだっけ。まあざっくり言うと厚みのことだね」

「……要するに、戸村さんは犯罪者ということでいいんですか?」


「実行しなければどんな危険思想も咎められない」

「やばい人の発言じゃないですか」


 湯気の立つコップを持って、すっと壁際に避難する七瀬さん。女子にそういうことされると、本気で犯罪者になった気分だ。


「ゲームの話だし」

「なんのゲームですか?」


「アイドル育成ものだね。今ではけっこう種類があるけど、そのうちの一つ」


 オタク君特有の早口になりそうだが、ぐっと堪える。危ない。亞里砂ルートの解説をしてしまうところだった。


「それ、面白いんですか?」

「面白いというか、人生だね」


「うわぁ」


 ドン引きされた。

 実際プレイしている間は、薄暗い部屋でにやにやしているので反論できない。


「ゲームって虚しくないんですか?」

「なんで?」


「なんでって……」


 質問を返すと、七瀬さんは口ごもる。ここが杜王町だったら俺はキラークイーンされていたな。


「なにも残らないじゃないですか」

「そうだね。なにも残らない」


「……そうですよね。って、あれ?」


 考え込む七瀬さんは不満げだ。うむ。ならば話し合うとしよう。

 ダイニングの椅子に腰掛け、議論の姿勢を取る。七瀬さんも正面の席についた。


 と、そこにドアが開いて、ひょっこり古河が現れる。


「おやおや。どしたのお二人さん?」

「ちょっとゲームの話をするんだ」


「そうなんだ。楽しんでね。おやすみー」


 一切の興味を示さずに出ていった。逆にすげえな。


 ぺたぺたスリッパの音がして、二階へ音が消えていく。暇な時間になにをしているのか聞いてみたら、「料理動画見てるよー」と言っていた。ゲームの余地はないらしい。


 別にいいけど。俺、布教するタイプじゃないし。


「で、なにも残らないって話だっけ。そう。ぶっちゃけると、ゲームをどれだけやっても俺はプロにはなれない。そんな才能はないし。やる気もない。今楽しければそれでいいと思ってるからね」

「今楽しければいいって、そんな適当な」


 こういう問答は嫌いじゃないなと思う。俺は自分の意見が正しいとは思っていない。ただ、自分の意見は持っている。


「未来のために犠牲にできるほど、俺の今は安くないよ」

「…………」


 少女は静かに、水面を見つめていた。

 その表情は、川を眺めていた横顔と似ていた。


「七瀬さんはどう思う?」

「私は……そういう考えには、賛成できません。我慢も大切だと、父も言っていましたから」


「そうだね。それも正しいと思うよ」

「戸村さんって、全部『そうだね』って言いますよね」


「君が正しいことばかり言うから」

「反論するのが面倒だからじゃないんですか?」


「それもあるかも――いや」


 違うか。違うな。本当の意図はもっと別にある。

 ただそれを口にするような真似はしない。お茶を濁すために、別の話題を持ち出す。


「ところで、この間はどうして川にいたの?」

「うっ」


 ぴくっと肩を揺らして、七瀬さんは硬直する。


「嫌なら答えなくてもいいけど」

「……嫌です」


「おーけー。じゃあなにも聞かない」


 あっさり引き下がると、むっと唇を尖らせる七瀬さん。

 なにかまずいことを言っただろうか。

 やっぱ女子ってむずいわ。

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