第16話 柏浩介は憤慨する

 冗談じゃない。

 そう言いたかったが流山は言葉を飲み込んだ。


 理由は簡単だ。

 中学時代のあの忌まわしい事件を誰にも知られたくないからだ。

 だからといってこんな最低男の恋人になるなんてごめんだ。

 流山が苦渋の決断を迫られているときだった。





「よく分からんが、良い状況じゃないな」





 流山の背後から聞きなれた声がした。

 反射的に振り返ると、そこには柏が立っていた。

 驚きの声を流山が上げる前に栄が言う。


「誰、ですか? 今取り込み中なのですが」


「すまんな、邪魔して。邪魔したついでに言うんだが、うちの後輩返してもらってい

いか?」


「後輩? ああ、演劇部の方でしたか」


「ああ、そうだ」


 柏の言葉から関係を察した栄は邪悪な笑みを浮かべた。

 対して流山は柏が来たことに少し安堵した。


「すみません。部活の時間でしたね。すぐ終わりますから……流山さん。告白の答えを聞いてもいいかな?」


「……ええ、分かったわ」


 流山は覚悟を決め、栄と向き合った。

 柏のことを好きな流山にとってそれは大きな決断、のように思われたが


「ごめんなさい。あなたとは付き合えません」


「なっ……!?」


 勝利を確信していたような栄の邪悪な表情がもっと歪む。

 そして憤慨するように声を荒げた。


「いいんだな! 今断るってことがどういうことか分かっているのか!」


「分かっているわ」


「そうか! そこの先輩いいですか! 彼女は中学時代に――っ!」


「柏先輩!?」


 何か言いかけた途中に柏が栄の襟を掴んで引っ張った。

 今度は柏が鬼気迫る顔で栄を睨んだ。


「お前、もしかして南中のサッカー部だったのか?」


「な、何故それを……」


「下種野郎がまだこんなところにいたとはな」


「か、柏先輩落ち着いてください! 彼は確かにサッカー部員らしいですが、あの時あの場にはいませんでした!」


「本当か?」


「は、はい」


 柏は流山の必死に表情から冷静さを取り戻し、栄の襟から手を放す。

 自由になった栄は首に手を当てながら、二、三歩後ろへよろめく。


「あ、あんた何なんだ……どうしてあのことを……」


「訳あって俺も知ってんだ……けど、話しぶりから察するにお前流山のこと脅そうとしたのか?」


 再び、柏の目に怒りの灯が宿る。

 恐怖する栄は言葉も出なかった。

 マズいと思った流山は柏の手を取る。


「柏先輩! もういいですから! そんなのほっといて部活行きましょ!」


「部活……ああわか、ちょ、流山、そんな引っ張んな!」


「ほら行きますよ!」


 流山に手を引っ張られる形で去っていく二人。

 残された栄が妬ましい視線を向けていたとも気づかずに。

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