第1話 勇者の指輪
第1節 戦争の終わり
美しく輝く金色の髪、まっすぐな青い瞳、精悍な顔立ち。
堅牢な鎧に身をまとい、手には聖なる加護が付与された剣が握られている。
思いやりが深く正義感が強い人間。
それが私の見た勇者ルクスの第一印象だった。
全身傷だらけの彼は文字通り命懸けでここまでやってきたのだろう。
魔王である私を殺すために。
「今日、僕は貴様を打ち払いこの戦争を終わらせる」
玉座に座った私に聖なる剣を向けた勇者は、私を見ると驚いたように目を見開く。
何故なら私は――世界中の人が恐れた魔族の王は、たった十六歳の小娘だったのだから。
「お前が……魔王?」
「そう、私が魔王ヤミ。勇者ルクス、あなたをずっと待っていた」
私は顔を上げ、勇者に向かってその言葉を述べた。
「どうか私を殺して欲しい」
◯
今から十六年前、私はこの魔族国に生まれた。
母は私を生むと同時に命を落とし、先代魔王である父は私が五歳の頃に死んだ。
突然王位を継ぐことになった私は、唯一の魔王の後継者という立場からほぼ城に幽閉される形で育てられた。
先代魔王である父は偉大な魔族だった。
人間と魔族が長らく争わずにその均衡を保ち続けたのは、他ならぬ父のお陰だ。
「ヤミは人間が恐いか?」
「うん」
「何故だ?」
「だってみんなが人間は恐ろしいって言うから」
「人間のどんなところが恐ろしいのだ?」
「それは……分からない」
「そうだな」
俯く私の頭を、父の大きな手が撫でた。
「人間も魔族も、お互いのことを知らなすぎる。知らない相手が恐いというのは、ただの偏見であり、愚かな思想だ。私はもっと人間のことを知りたいと思っている。だからお前も誰かに言われたからではなく、自分で見て、決めなさい」
「うん」
父は人間と魔族が共存できる世界の実現を夢見ていた。
しかし、長く冷戦状態にあった魔族と人間の関係は、父が死んでから激化の一途をたどった。
新たな魔王の支配を大陸に轟かせるという名目で人間を忌み嫌う一部の魔族が好機とばかりに戦争を起こすようになったのだ。
後に、『大陸十年戦争』と呼ばれる人間と魔族の争いの始まりだった。
政治の実権はすべて部下が担い、結果として多くの場所で殺戮が繰り広げられた。
『やめて。私は争いを望んでいない。私は、人間と魔族が共に歩んで欲しいの』
『それはお父上の意向だからですか?』
『えっ……?』
『魔王様、時代は変わりました。先代が亡くなり、魔族はあなたの時代となったのです。新しい時代にお父上の抱いた夢物語のような理想はふさわしくありません。そもそも、魔族が戦っているのはあなたのためなのですよ』
『どう言うこと?』
『現魔王がまだ幼いと知られれば、人間たちは増長し、魔族を支配しようとするでしょう。そうならぬよう、我らは魔王様の力を奴らに思い知らさねばならないのです。どうかお任せ下さい。あなたはただ、この玉座にお座りいただくだけで良い』
子どもだった私は、その言葉に言い返すことができなかった。
王位を継承した私は瞬く間に孤立した。
頼りにしていた従者は消え、魔王を神として崇める魔族たちには敬遠された。
私は魔王の玉座に座る偶像として大勢の人間や魔族が死ぬのを見過ごし、孤独の中に生きた。
史上最強の魔王と言われた存在は無力だった。
戦争は長く続き、終結する気配を見せなかった。
人間と魔族の対立は決定的で、数年も経つ頃には私も人間と魔族の共存など不可能だと思い始めていた。
戦況は始め、魔法の技術に秀でた魔族に軍配が上がった。
だが状況は三年前に勇者ルクスが現れたことで一変する。
彗星のごとく戦場に姿を見せた勇者ルクスは、三人の仲間と共に魔族を次々と打ち払い、戦線を切り開いた。
そしてルクスの剣は、今日、魔王である私の元へと届いた。
◯
外では人間と魔族による戦闘が繰り広げられている。
彼はその混乱に乗じて、ここまで単身で乗り込んできたらしい。
私の護衛はすべて打ち払われたか逃げ出したのだろう。
決死の覚悟で彼がここまでやってきたことが分かった。
この戦争は魔王の力を広げるため、宰相ゾールが民に働きかけて始まったものだ。
魔王を討ち取れば魔族は戦争の理由を失い、実質的に崩壊する。
戦争は人間の勝利になるだろう。
これですべてが終わるのだ。
玉座に座る私の元にルクスは剣を持ったまま近づいてくる。
彼は魔族の王たる私を前にしてもひるまず、憎しみではなく使命感や正義感を瞳に浮かべていた。
皮肉にも、長く孤独だった私の目をまっすぐ見てくれたのは、宿敵である勇者だった。
彼の目を見て、私は今日が自分の命日で良いと心の底から思った。
「魔王ヤミ、何故死を望む?」
「私には生きている価値がないから」
生きている価値、なんて言葉が魔王の口から出てくると思わなかったのかルクスは小さく息を呑んだ。
「私のせいで大勢が死んだ。私は戦争を止めることができなかった」
「全部お前が望んだことだろう」
「望んでなんかない。でも……結果としてそうなってしまった。だから勇者ルクス、終わらせて欲しい。この長い戦争を、私の命で」
ルクスは迷っているようだった。
魔王が私のような小娘だと知り、抵抗が生まれたのかもしれない。
私がもし残虐非道な魔族であれば、その隙をついて彼を殺すこともできただろう。
でも、そんなことはしない。
私はそっとルクスの剣に手を伸ばし、刃を喉元に当てた。
「さぁ、この首を切って」
「やめろ!」
ルクスは私の手を掴むと、泣きそうな顔をした。
「僕は勇者だ。魔王を殺すためだけにここまできた。なのに、そんな悲しそうな顔をされたら、僕はお前を忘れられなくなってしまう……」
そして彼は剣を置いた。
間もなくして、戦争は魔王の死を以て終焉を迎え、魔族国は陥落した。
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