獣娘令嬢マンと征く

セクシー・サキュバス

作法その1 プリンス・オブ・スカビオサ

「どうして私ばかりがこんな仕打ちに合うのでしょう」

 そう呟いた私、ラティアリス・アリスの目前には机がありました。


 表面は血のような赤い塗料で塗りたくられ、その上に破かれた教科書と花瓶に入った花が置かれていました。花瓶には『汚らわしきアリスの血筋ここで死す』と乱雑に書かれています。


 周りからはクスクスっとした笑い声が、かすかに響いていました。

 教室の中にいる方々は皆、私を見つめています。その眼に蔑みの念が帯びていることは、考えなくとも分かりました。


 ここは『貴族学校』――十六歳以上の帝国内の貴族や皇族が通う寮制の学校です。


 アリス男爵家の子女である私も例外なく通うこととなりました.

 しかし、そこで馴染むことはできませんでした。


 アリス男爵家自体、いわゆる被差別民族出身の貴族でした。

 祖父が民族への差別をなくすために、東奔西走、功績を積み立ててくださったお陰で、我が家は男爵位を受け取ることができたのですが、一向に差別はなくなりませんでした。

 むしろ、『汚らわしき貴族』と言われ、忌み嫌われました。


 その煽りを受け、この私は入学してから二年間――今に至るまでこのような扱いを受けてきました。


 トンと私の頭に何かがぶつかりました。

 周りの方の一人が私に紙ごみを投げたようです。


 再び笑い声が響きます。

 その時、私は泣きそうになりました。いや、泣いていたのかもしれません。

 服の袖で顔を押えて、教室から出て行きました。

 

 * * *


 放課後の校舎は日中とは違い、静かなものでした。


 他の皆様は授業が終わるとさっさと自分の寮へと帰って行ってしまいます。

 校舎にいるより、寮で友人とワイワイしていた方が楽しいからでしょう。

 そんな中、私は一人だけ、ポツンと校舎脇の花壇の前にいました。


 どうせ、早く寮に帰ってもあんまりな嫌がらせを受けるだけです。放課後はいつも、ここにくるのでした。


「綺麗……」

 花壇には一面、紫色に輝くマツムシソウという花が咲き誇っています。


 マツムシソウはこの帝国、そして皇帝陛下の象徴である花でした。

 しかし、私がここにきた目的は花ではありません。


「きゃうきゃう」

 紫の花畑の中から、小さな小さな子犬が現れました。

 黒い毛並み、くりくりとした丸い瞳が可愛らしい。


 その大きさは、夏によく出てくるカブトムシと同じぐらいです。

 私は手を差し出すとその犬は、私の掌の上に乗りました。


「クロは可愛いですね」

「くぅーん」


 この小さな犬、クロはスモールドッグという魔物でした。

 普通は森や草原地帯で暮らしている魔物なのですが、三月か前からこの学校の花壇に住み着いていました。きっと、校舎裏にある森から迷い込んできたのでしょう。


 凶暴性はなく、人懐っこい性格をしています。

 なのでか、初めて出会った時、すぐに仲良くなれました。


 それから、放課後はクロと触れあうのが日課になったのです。

 私にとって、クロとの時間が唯一の心の安らぎです。


 まぁ、普段の生活が生活なので、このぐらいしか心を休められる場所がないだけのことですが。

 そんな時。


「やぁ、こんにちは」

 背の方向から声が響いてきました。


 振り向くとそこには、綺麗な男の人が立っていました。

 瑠璃のような青い髪に、線の細い顔、細い目。細い体。

 まるで石膏像のようなお方。


 この方は……皇太子バルト・アンデルス殿下。

 私のような末端の貴族の令嬢では喋ることすら許されぬお方……。


 それが何故、今、私の前に?

 というか、まずい。今、私の手の上にはクロが……。

 そう思い掌の上を見てみると、クロがいなくなっていました。


 アレっと探してみても、どこにもいません。


 そんな私を他所にバルト殿下は優しく話かけてくれました。


「君、確かアリス男爵家のラティアリスさんだよね」

「は、はい……」

「君もこの花が好きなのかい?」

「い、いえ……そのぉ……はい!」


 本当はクロと戯れていたのですが、この学校内では魔物との接触を禁じられていますので、嘘を吐きました。


「あのぉ……そのぉ……」

「よかったら、また明日会わない? 今日のようにこの時間、この場所で」


 突然の提案に私は混乱してしまいます。

「え、え、それは……どういう……?」

「花の話がしたいだけだよ。じゃあ、また明日」


 そう言ってバルト殿下は行ってしまいました。


「こ、これってもしかして……」


 皇太子殿下と……そういう関係になるフラグ?

 そういう関係って、どんな関係だ……?


 もしかしたら、この時の私は変な期待を抱いていたのかもしれません。

 それが、まさかあんなことになるとは……。

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