18.オティーリエ王女との婚儀

 オティーリエ王女は横暴だった。気分がころころ変わり、使用人達を振り回した。気に入らないと「首を斬るわよ」と脅す。

 銀星宮には熟練した者達を配置したので、うまくかわしているがオティーリエ王女の我儘の報告はおびただしい。


 バシュロ様を急かして商人を呼んだのだが、予算のことなど頭になく、あれもこれもと欲しがる。

 私が調整に入り、予算内の品物を提案するのだが

「側妃の分際で指図しないで!わたくしは王太子妃なのよ!未来の王妃なのよ!そうなったらお前なんか斬首にしてやるわ!」

 と、大変なおかんむりだ。


「斬首」発言はバシュロ様には伏せていたが、銀星宮の最高統括侍女から報告が上がってしまった。

 バシュロ様は銀星宮に乗り込んで行った。

 オティーリエ王女はバシュロ様の訪れに喜んで駆け寄り、

「バシュロ様!お会いしたかった」

 としなだれかかった。それをぐいと押しのけて、バシュロ様は言い渡した。

「今後誰に対しても、"斬首"や"首を刎ねる"という脅しは禁じる!其方にその権限はない!」

 オティーリエ王女は涙目で甘えた声を出した。

「わたくしは王太子妃ですもの。下のものを裁く権利が」

「ない!!」

 ばっさり言い渡される。


「義務を果たさない者は何の権利もない。今後はベルナデットに何事も図るように」

「側妃の言うなりになれというのですか!?」

「ベルナデットは私の後宮の運営者だ。其方の相談役でもある。ゆめゆめ疎かに扱わないよう命じる」


 バシュロ様はオティーリエ王女に厳しい。厳しくしなくてならない言動のせいだが、もっと言い様があるだろうと私は思う。


 混乱もあったが、婚儀の準備はなんとか調い、その日が来た。


 驚いたことに式典は小規模だった。

 謁見の間で、臣下の立ち並ぶ中で宣言をし、王妃殿下からティアラを賜っただけで終わった。


 バシュロ様は終始オティーリエ王女を見ようともせず、反対にオティーリエ王女はバシュロ様の腕に縋っていた。


 最も驚いたことは、カテーナ王国からはインジャル王国に駐在している大使しか参列していなかったのだ。

 これではあからさまな捨て駒扱いではないか。


 婚儀が終わるとバシュロ様は腕を振りほどいて、一人でその場から去ってしまった。

 臣下たちも大使も気にする風はない。

 オティーリエ王女は銀星宮の侍女達に囲まれて退出した。


「あんまりです。バシュロ様」

 その後、家族のサロンにオティーリエ王女以外が集まった時に、私は思わず抗議した。

「オティーリエ王女殿下、いえ王太子妃殿下にはバシュロ様しかいらっしゃらないも同然ではないですか。夫になる方にあんなに冷たくされるなんて、あんまりななさり様ですわ」


「臭かった」

 ボソっと言う。

「あの香水はなんなんだ。臭くて鼻がまがりそうだった」

 なんて子供っぽい言い様だろう。

 とは言え、私もあのムスクのつけすぎが嫌だ。

「今後はムスクは仕入れません。別の香水になりますから、お優しくしてください」

「…わかった」

 嫌そうな顔でおっしゃる。


「それにしても…」

 王妃殿下がぽつりと言う。

「絶世の美少女という触れ込みでしたが、正装になっても割と平凡なお顔の方ですわね」

「きっと白いドレスと化粧のせいですわ。そばかすをお気にされて、白粉を厚く塗っていらっしゃいましたもの」

 苦しい取り繕いをする私だが、実は素顔のオティーリエ王女が地味な顔立ちなことを知っている。でも、他国に来て孤立無援なオティーリエ王女に同情する。


「それにしても勉学もダメ、作法もいまひとつ、センスも悪い、性格も難あり。これでは人質の意味をなすのでしょうか」

 王妃殿下の言葉に、何故かバシュロ様がにこっと笑っておっしゃった。

「いいではありませんか。条件が揃えば私の望みが叶います」

「バシュロよ」

 国王陛下が重々しい声でおっしゃる。

「その場合は全て其方に任せる」

「お任せください、父上」

 なぜかバシュロ様はうきうきしている。


 その夜はバシュロ様とオティーリエ王太子殿下の新枕の儀だ。


 私達が就寝しようとしていると、控えの間の侍女が驚いた顔で寝室に入ってきた。


「バシュロ殿下がいらっしゃいました」

 控えの間の次女が告げ、私は心底驚いた。

 新枕の儀の夜に側妃の元に来るなんて!


「やあ、ベル、こんばんは」

 悪びれもせず、バシュロ殿下が言う。

「バシュロ殿下、今夜は新枕の儀でございます!」

「ああ、それね。失敗したよ」

 失敗?どういうことなのだろう。


「オティーリア王女は床入りを急いで癇癪を起して、聖水を全部ひっくり返したんだ」

 王家の儀式に必須な聖水は、神殿の女神の泉でしかいただけない。それも半年に一度と決められている。


「あと半年しないと新枕の儀は執り行えないってわけ」

 バシュロ殿下は心から嬉しそうに笑った。


「婚儀はしたけど、実質まだ正妃じゃない。半年したら、もうオティーリエ王女に義理立てすることもない」

 そしてさも嫌そうに

「ああ、化粧と香水の匂いで窒息しそうだった」

 そして私を抱き寄せて髪に顔を埋めて、大きく息を吸った。


「ベルはいつもいい香りがする」

 と笑った。


 私は必死にバシュロ殿下の胸を押し返した。

「どうか困らせないでください。約束は約束です」

「わかっている。あと半年。今日はこのまま自分の部屋に帰るよ」

 そう言って帰って行った。

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