16.晩餐と支度品
オティーリエ王女は、晩餐の時間に大幅に遅れてやってきた。
ドレスはまた深紅。カテーナ王国で流行しているのだろうか。たくさんの襞を取ったスカートに、袖が大きく膨らんでいる。晩餐の場ではカトラリーの扱いに困りそうだ。
そしてルビーのネックレスにエメラルドのイヤリングを着けている。
思わずバシュロ殿下をチラっとみると、不機嫌な表情を隠そうともしていない。
扉のところで軽く礼をして
「国王陛下、王妃殿下、王子殿下、はじめまして。オティーリエでございます」
と可愛らしく挨拶をした。カテーナ語で。
「ようこそ、インジャル王国へ」
インジャル語で国王陛下が歓迎の言葉を述べたが、その声は固かった。
「ようこそ。オティーリエ王女。ここはインジャルです。インジャル語をお話なさい」
王妃殿下がピシリとおっしゃる。
そっと盗み見ると、眉間に皺が寄っていた。
「そんな、王妃殿下。オティーリエはインジャル語が苦手です」
甘えた声でオティーリエ王女が言う。
「ねえ、バシュロ様?カテーナ語のままでいいでしょう?」
甘えるオティーリエ王女にバシュロ殿下の口元が一瞬ひきつった。
「ここはインジャルだ。インジャル語を話しなさい」
オティーリエ王女はふくれかえり、また片足をダンっと鳴らした。
私以外の一同は、使用人含めて思わず目をみひらいた。
「インジャル語は苦手なんですもの!!」
涙目だ。
はーっと王妃殿下がため息を吐いて、カテーナ語で言った。
「今日は大目にみましょう。これからもインジャル語の授業は続けていきましょうね」
ダン!オティーリエ王女の足が鳴る。
それを無視して
「さ、席におつきなさい。今夜はあなたの歓迎の晩餐です」
晩餐での会話は、オティーリエ王女へはカテーナ語で続いた。
食べ始めると、オティーリエ王女の機嫌は直っていったらしく、盛んにおしゃべりをする。
しかし、おしゃべりに気をとられてカトラリーを落としたり、ソースや飲み物をドレスに跳ね返したりした。
デザートになった時、オティーリエ王女はさも不満だという顔をして言い出した。
「ここでは側妃も正式の場にでるのですか?」
バシュロ殿下が目を向けもせずに言う。
「側妃はいつもどんな場にも随行させる。大切な人だからね」
バシュロ殿下!なんてことをおっしゃるの!?
みるみるオティーリエ王女の機嫌が悪くなる。
「それから商人のことだが」
バシュロ殿下が平然と続ける。
「後でこのベルナデットが、王太子妃の予算を教える。その範囲で買い物をするように」
"王太子妃宮の予算"と言わず"王太子妃の予算"と言ったのは、先ほどの報告の時に
「小遣いみたいな制にするべきだな」
と言ったことの実行らしい。
気まずい雰囲気で、晩餐は終わった。
翌日、オティーリア王女付きの侍女に、当座必要な物について確認して驚いた。オティーリエ王女の荷物は、馬車二台分に足りなかった。ドレスは二十着だけ。宝飾品は昨日身に着けていたものとだけだった。ジュエリーはルビーのセットとエメラルドのセットだけ。指輪は昨日着けていた十個のみ。化粧品は侍女が持っている箱が二つだけ。
侍女は早急に化粧品だけは欲しいと言う。
「お恥ずかしいのですが…」
侍女が言いごもる。
「化粧品の手持ちが少ないのです。王女殿下はそばかすをお気になさって、
確かにオティーリエ王女は厚化粧だった。
そばに寄らなくても、香水の匂いもきつい。ムスクだ。
私はムスクが苦手なのだ。正直、あまり近づきたくない。
「月にどれくらい必要ですか」
と尋ねると、オティーリエ王女の次女は持っている箱から白粉の容器を出した。
直系は掌から余るほど、高さはりんご一個分ほどの大きさだ。
「この寮の白粉を、月に十個はお使いになります」
私は思案したが、きっぱり告げた。
「代わりの白粉を急いで用意します。とりあえず、わたくしが持っている未使用の白粉をお渡しします」
私は白粉は使わないのだ。顔が強張るような気がして嫌いだ。
私の持っている白粉は王妃殿下にも献上された品だが、私も王妃殿下も白粉はあまり使用しない。夜会などの時に、仕上げに少しだけはたく程度だ。
急いで私の侍女に取りに行かせる。献上品なので、入れ物は豪華だ。おそらくオティーリエ王女は気に入るだろう。
「化粧品は急ぎ王妃殿下と相談の上、用意いたします。他に必要な者はありますか?」
問えば侍女は少しもじもじして言った。
「王女殿下のお支度なのですが…」
「はい」
「あまり多くないのです。インジャル王国で調えていただくように言い遣っております。あの…」
「はい」
「婚儀の衣装も…」
驚いた。まるで私の元の家族のようなやりようではないか。
「王妃殿下と相談して調えさせていただきます。大丈夫です」
不安そうな侍女に言う。
「婚礼の儀まで一月あります。きちんと調えますわ」
私はカテーナ王国でのオティーリエ王女の境遇を怪しんだ。
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