11.オティーリエ王女の手紙問題

 文具を贈ることはカテーナ王国では、「お便りをください」を意味する。

 オティーリエ王女は素直にそれを受け、月に一度か二度、手紙を寄こすようになった。

 さすがに正式な使者ではなく使い走りに近いので、それなりのもてなしとして休養を与えるに留まっている。手紙を運んだ者はバシュロ殿下からの返事を持ち帰るよう言い遣っている。バシュロ殿下は不機嫌この上ない。


「あれから一月しか経っていないのに手紙!?カテーナ王国の王都からここまで早馬で十日はかかる。何を考えているんだ」

 あなたのせいもあります、バシュロ殿下。

「恐れながら、お贈りになったペーパーナイフのせいかと存じます。カテーナ王国では、文具を贈ることは手紙の催促なのです」

 よくお調べにならなかったバシュロ殿下も悪うございます。とまでは言わない。一瞬固まって、大きなため息を吐いたからだ。そしてもそもそと手紙の封を切って、読み始めた。


 読み終わったバシュロ殿下は、黙って私に手紙を渡した。まさか読めと?

 戸惑っていると

「読んで」

 と言う。


『愛するバシュロ様。なペーパーナイフをありがとうございます。わたくしでは持ち上がらないので、侍女達に封を切らせています。がきらきらしてとても素敵です。バシュロ様はやっぱりわたくしの運命の王子様ですね。きらきらしたものが好きです。

 わたくしは今月、赤いドレスを五つ、ピンクのドレスを三つ、白いドレスも三つ作りました。ルビーのネックレスとエメラルドの大きなイヤリングもおねりしています。

 バシュロ様もわたくしにたくさんくださいませ。きらきらしたものがいいです』


「カテーナ語だよ。インジャルに嫁ぐ自覚があるのかな」

 渋い顔だ。


「きてい」は「綺麗」、「ほうてき」は「宝石」、「おねたり」は「おねだり」だろう。


「ルビーのネックレスにエメラルドのイヤリング。まさか一緒に身に着ける気かな」

 首を振るバシュロ殿下。


「そう言えば…」

 私の方を向く。

「君には誕生日に髪留めと書物を贈ったきりだね。何か欲しいものはない?」

「十分でございます、バシュロ殿下。それよりお返事をお書きになってください」

「返事か…君が代筆するのはなしかな」

「それも側妃の業務でございますか?オティーリエ王女はバシュロ殿下のお返事をお待ちしていらっしゃいます」

「側妃の業務とは言えないな。それでは私があまりに非道だ」

 と笑うバシュロ殿下。


 さらさらと手紙を書き、私に渡す。

「確かめて。おかしいところを指摘してくれると助かる」


『親愛なるオティーリエ王女へ。

 こちらはやや寒くなってくる季節だ。渡り鳥が飛んできて、王宮の庭園の池にも巣を作っている。

 オティーリエ王女はインジャル語の勉強は進んでいるだろうか。次回からはインジャル語の手紙を贈って欲しい。

 インジャル王国第一王子バシュロ』


 内容がやや素っ気ない。しかもインジャル語だ。

「バシュロ殿下、インジャル語でございます」

「ああ、そうだよ」

 にこにこと笑っている。

「あの、もしもオティーリエ王女がインジャル語を読めないとしたら…」

「読めるように努力すべきだ。話せるようにもね。インジャルに嫁いでくるのだから」

 笑顔が怖い。この方、けっこう意地悪な面があるのよね。


「それで何をお贈りしますか?」

「なにも贈らない」

「でも…」

 困る私にバシュロ殿下は言う。


「贅沢な女は嫌いだ。今の内から甘くしていると、国庫が空になる」

 空になることはないだろうが、おねだりが気に入らないのだろう。

「もっと優しいお言葉を入れてくださいませ」

 手紙をお返しすると、バシュロ殿下は黙って封筒に入れ、封をした。


「わかったよ。君への手紙は優しい言葉を尽くすよ」

「そうではございません」

 抗議する私にバシュロ殿下は笑って言った。

「私には妃を教育する権利があるからね。きちんと自分の義務を果たしている側妃はご褒美をあげなければね」


 それからはオティーリエ王女から手紙が来るたびに、そんなやり取りが繰り返され、その翌日はバシュロ殿下から私に優しい言葉を尽くした手紙と何かしらの贈り物が届くようになった。

 まるで当てつけではないか。オティーリエ王女に知られないことが救いだ。


 オティーリエ王女からは一向にインジャル語の手紙は来ず、綴りを間違えたカテーナ語のままだった。

 私の執務机の上には、赤インクとそれ用のペンが用意され、毎回オティーリエ王女の手紙を添削させられるようになった。

 バシュロ殿下は意地悪だ。いや、悪趣味だ。

 一連の過程を面白がっていらっしゃる。


 新年祭がやってきて、私が王宮に部屋を与えられてからもそれは続いた。


 翌年の夏、王妃殿下はとうとう業を煮やしてしまったらしい。王妃殿下への手紙も同じだったのだ。

 インジャル王国から正式にインジャル語の教師とその他の教師団を送ることにしたのだ。


 両国で協議が行われ、それは実行された。


 教師団からは、毎月報告が上がってきたが、朗報は少なかった。


「結局、美しいだけの正妃がやってくるのかしら」

 王妃殿下はため息を吐く。


「まだわかりません。こちらに来たらきっと自覚なさるでしょう」


 王妃殿下は私を見て言った。

「わたくしの時は、美しいだけで無能な側妃に悩まされたけれど、今回は逆かもしれないわ。あなたを側妃に選んだバシュロの選択を心から感謝したいわ」


 十四歳になったばかりの私は、刻々と迫る日に恐れを覚え始めていた。

 来年はデビューなのだ。

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