2.中等部生活とファビアン・バイエ

 中等部の生活は、私には望むべくもない素晴らしさだった。

 勉強を邪魔をする妹がいないことが一番だが、ここには膨大な蔵書を誇る図書室がある。

 三度の食事時に、聞きたくもない愚痴や悪口を言い散らす母親も、それにおもねる父親もいない。

 機嫌次第で手を上げる妹もいないし、妹といがみ合う弟もいない。


 弟ダニエルはさすがに跡取りなので、再来年、普通に入学してくるのだろう。そうしたら、私と同じようにのびのびとするのではないだろうか。ダニエルからは度々手紙が来て、妹への文句や愚痴、そして私がいなくて寂しいと書かれている。弟との関係は良好なのだ。


 私は報奨金を稼ぐために勉学に没頭し、秋の学期の終わりに古典文学と歴史と経済学で最優秀を、政治学とカナーテ語とフェディリア語で優秀を取って、それぞれ報奨金を獲得した。他に学園詩に教養の授業で書いた詩と随筆がいくつか掲載され、合計金貨三十五枚と少しを得た。


 冬季の休みは二週間あったが、家には帰らない。寮ですごす。


 入学前にプライブ伯爵家の祖母に、不要な昔の衣類があったら分けていただきたいとお願いした。制服は支給なのだが、普段着やどうしても避けられない社交に着るドレスの手持ちが数着しかない。奨学生として学院に行く私には、両親はもうお金をかける気はない。

 すると五つのチェストが寮の部屋に送られてきた。

 ひとつには明らかに新しい肌着やナイトウェアがいっぱいにつめられていた。他に普段に着るドレスのチェスト、デイドレスのチェスト、イブニングドレスのチェスト。どのチェストにも明らかに新しく調たのであろう流行のドレスが数着入っていた。それに帽子や小物が入ったチェスト。

 ありがたさに泣けてきた。

 祖母や伯母が若い時に着たであろうドレス類は、サイズが大きいものがあったのでこれから何年も着られるだろう。

 それらを授業や勉強の合間に少しずつ手直ししている。冬季休暇中にずいぶん進むだろう。


 その頃には、魔法学で習った生活魔法で、部屋に付属してあるバスルームの支度も後処理も一人でできるようになっていた。同じく洗濯も生活魔法でこなせるので、メイドさん達の手を煩わせることもなくなり、同時にお金の節約もかなりできるようになった。


 そんな秋の学期の終わりの日、高等部の生徒会室へ呼び出された。

 怪訝な思いで出頭すると、そこには生徒会長の第一王子バシュロ殿下とファビアン・バイエ伯爵令息がいた。他に見るからに高貴そうな女性が二人と男性がもう二人。


 私は淑女の礼をとって言葉を待った。

「堅苦しくしなくていいよ」

 バシュロ第一王子殿下が親しみやすい声で言った。

「私はバシュロだ。今日はここにいるファビアン・バイエが君に聞きたいことがあるそうだ。まずは座り給え」

 ソファーをすすめられ、一礼して座った。


「バイエ伯爵家のファビアンだ」

「アシャール子爵家のベルナデットでございます」

 コリンヌについて聞かれると思い、どう答えようかと必死に言葉を探していると思いがけないことを言われた。

「君がアシャール子爵令嬢か。プライブ伯爵家の伯母から噂を聞いたが、礼法はちゃんとしているね。成績優秀の報告もあるし。安心した。君とならいい関係が築けそうだ」

 私は目をむきそうになった。私とコリンヌを勘違いしている。

「あの、恐れながらバイエ様、どういうことでございましょう?」

「プライブ伯爵家に嫁いだ叔母のクレールが、アシャール子爵家との縁談は断った方がいいと言ってきたのだよ。相手は手に負えない我儘の無作法ものだと」

 話は進んでいたらしい。クレール伯母の言う通りだ。バイエ伯爵令息、お断りになった方がよろしいです。とも言えず白を切ってみた。


「恐れながら申し上げます。家の恥を申しますようで気がひけますが、両親はわたくしに持参金をつけるつもりはございません」

「なんですって!?」

 美しい金髪の女性が声をあげる。

「わたくしは自分で生計を立てるように申し渡されている身でございます。その縁談はわたくしではなく、妹のコリンヌだと存じます」

「えっ!?」

 一同が固まる。

「君は今年十二歳だよね?」

 第一王子殿下が問う。

「はい。第一王子殿下」

「では妹君は何歳?」

「今年八歳でございます」

「なんてことだ」

 ファビアン・バイエが額に手を当てた。


「長女には持参金をつけないどころか、自分で身を立てろと言うのですか?」

 金髪の女性が問う。私は

「はい」

 と答えるしかなかった。

「ありえませんわ」

 金髪の女性の隣の栗色の巻き毛の女性が言う。

「ではあなたはどうなさるおつもりなの?」

 巻き毛の女性が問う。

「高等部で文官専科に進んで、できることなら文官として働きたいと存じます」


 第一王子は書類をパラパラとめくって読み

「ふうん」

 と何か納得した面持ちになった。


「それで、君から見て妹君はどうなの?噂通り?」

 第一王子殿下が問う。

「恐れながら、わたくしにはどんな噂かわかりかねます」

「クレール伯母が言うには」

 ファビアンが続ける。

「我儘で粗暴。礼儀作法はなっていない。初等教育も進んでいない。とんだ事故物件だと」


 クレール伯母様、そんな本当のことを…

 本当にその通りですとは言いにくい。

「あの、わたくし、妹とはあまり仲がよろしくなく…その、客観的な判断ができかねます」

 どもりどもり言葉を選ぶ。


「君は成績優秀者として学院に登録されているね。そして冬季休暇は寮に残る届を出している」

「はい」

「つまり、家族とうまくいっていないという判断でいいね」

 はい、とはっきり言えずに黙って下を向いた。

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