この箱庭は私達の世界

シア

1話:少女達は再会する

聖国に存在する教会の敷地内にある女子寮の窓に空からの暖かい日差しが入り部屋を照している。その中に一人の少女が身支度をしていた。


「エルシア様からの指示で初めての実戦が救難信号が出た戦地に行く人助けかー。先ずは敵を皆ご……やめよ、天国のお母さんに怒られる。まぁ、友達を助けるためなら良いよね?」


部屋の隅に立て掛けている剣を携え少女は窓から外に飛び出し、一筋の光の様に聖国を駆け抜けた。



聖国から遠く離れている廃墟となった国で聖国軍の騎士団と帝国軍の激しい戦闘が繰り広げられる首都での戦場。帝国軍は周辺の国にも同時襲撃を行っていた。


襲撃を受けている国の中に必死に抗戦している少女の姿が在った。騎士団の副隊長セレナ・アナスタシは、汗と返り血に塗れながらも、その鋭い目で敵を見据えていた。彼女の手には、魔力が纏う双剣が握られている。その剣は無数の敵を斬り伏せ、彼女が所属する聖国軍の最前線を支えている。しかし状況は芳しくなく、彼女を守っている鎧の大半が斬り裂かれ、その隙間からは血が流れ続けている。


「救難信号は聖国に送っている!皆、後退するな!隙をみせるな!」


隊長が戦死した今、指揮をする者は私以外に居ない!


力強い声で命じ、兵士たちを鼓舞した。


しかし、他の国を襲撃していた帝国軍が制圧を完了し、次々と合流してゆく。圧倒的な兵力と数に対し、聖国軍は次第に劣勢を強いられていく。仲間たちは次々と倒れ、セレナは孤立無援の状況に追い込まれた。


「どうしよう、このままじゃ……」


帝国軍の猛攻により、セレナの部隊は壊滅状態となり、最後の一人となった彼女は必死に戦い続けていたが、敵の数に圧倒され、ついに後退を余儀なくされた。


セレナは逃げながらも冷静に判断し、廃墟の影に身を隠した。心臓が激しく鼓動し、汗が額を伝って落ちる。敵の怒号の声と足音があらゆる所から聞こえるのを感じながら、静かに息を潜めた。


「私、ここまでなの。ここで死ぬの……?」


絶望感に襲われ、死の恐怖に怯えていた。


「ノア、ごめんね。一緒に戦う約束……守れなかった」


その時、遠くから一筋の光が走った。それは、戦場に駆けつける一人の少女の姿だった。数多の屋根を踏み越え、まるで空から降ってきたかの様に力強く着地した者の姿に、帝国軍の兵士たちは困惑し、突然の援軍に戸惑いの声を上げた。


「こいつ何者だ……?」


「いきなり現れたが……」


「聖国軍の要注意人物に彼女が居るという報告は聞いていないぞ?」


ざわめきが広がる。少女は軽く視線を後ろに向けたが、直ぐに視線を帝国軍に向けた。



帝国軍が注視する最中、セレナは空気が変わったと感じ、状況を確認するため物影の隙間から様子を伺う。彼女は驚愕した。


「え、ノア……?」


帝国軍の目の前に現れたのは、ノア・シンリシス。セレナの友達だった。彼女は腰まである長い白髪を持ち、その髪が戦場の風の動きに合わせてなびき、美しく煌めき輝いていた。その光景にセレナは思わず見惚れてしまった。



「さーてさてー、初めての実戦だ」


ノアは敵陣の前線に踏み込むと同時に、魔力を淡く帯びた剣で瞬く間に敵を斬り伏せていった。人の身でありながら卓越した速さで帝国軍を翻弄する。彼女が過ぎ去る度に、敵は次々と倒れ、まるで風が吹き荒れるかのように帝国軍を一掃していった。


瞬きをすればいつの間にか斬られている状況に帝国軍は恐怖を抱き撤退を始めようとする。彼から見た少女は微笑みながら蹂躙を楽しむ悪魔そのものだった。


「撤退!撤退だ!各位、魔道具を起動して転移魔法を発動させろ!急げ!」


しかしノアは撤退を許すつもりはなく更に速度を上げ殲滅を行う。


「……一人も逃がす訳ないでしょ」



重傷を負い膝を着く帝国軍の指揮官と見下ろすノアのみが戦場に残った。


「化け物が」


指揮官は最期を悟りながらノアに吐き出した。


「化け物はお前たちだろ」


ノアが指揮官を剣で斬り裂くと、その者の身体から魔核が落ち足下まで転がってきた。ノアは魔核を剣で貫き破壊した。


戦場は静寂に包まれた。帝国軍は全滅し、ただ一人、ノアだけが儚く立っていた。彼女の姿には返り血は疎か、傷一つ付いていなかった。深呼吸をした後、後ろに振り向きセレナの居る物影の上に一瞬で距離を詰め、ふわりと空から舞い降りる。



陽射しに照らされ白く透き通り綺麗に煌めくノアの姿に私は神々しさを感じた。


ノアは笑顔を浮かべ、私の下に降り立つ。


「ノア……。久しぶり、孤児院の卒寮以来だね」


座り込む私は助けに来てくれたのがノアだったという驚きと喜びが入り混じった。


「そうだね、久しぶり。助けに来たよ、セレナ」


ノアは優しく話した。そして前屈みになり手を差し伸べる。


その言葉に嬉しさに満たされ、手を取り立ち上がり彼女を抱きしめた。


「ありがとう、ノア……もうダメかと思ってた……」


自然と目に涙が溢れて頬を伝っていく。


私を抱きしめたまま、ノアは優しく囁いた。


「もう大丈夫、安心して」


私は感情を抑えられず泣き出してしまった。


泣き止むまでノアは本当なら綺麗に整えている筈の黒い髪の上から頭を右手で撫で続けてくれた。そして左手で傷口に添え治癒魔法を使って治してくれた。


私は落ち着きを取り戻して


「ありがとうノア、もう平気だから」


と涙を拭い恥ずかしながら言う。


ノアは微笑み


「よし、それじゃあ一緒に帰ろう。あ、疲れているよね。抱えてあげるよ」


そう言うと有無を言う隙を与えてくれず抱え上げた。


「ノア!?これって!?」


「お姫様様抱っこの事?。気にしないで、それに喋ると舌を噛んじゃうよ」


私を抱えたノアはその場から立ち退き聖国へ帰還を目指すために光の如く駆け出した。



ノアとセレナは、サルヴァトリア聖国の城門にたどり着いた。城門の前には、セレナの部隊の帰りを待っていた仲間たちが集まっていた。


「セレナが帰ってきたぞ!」


一人の兵士が叫ぶと、皆が歓喜の声を上げた。


「おかえり、セレナ!無事で本当に良かった…」


兵士たちは涙を浮かべながら、私を迎えた。


少し疲れた笑顔を見せながら


「ただいま。でも、皆は……」


とつぶやいた。兵士たちは沈痛な面持ちでうなずき黙祷を捧げた。


ノアの存在に気づいた兵士たちは戸惑った。その内の一人が尋ねた


「その方は誰ですか?騎士団の方では無いですよね、腰にマントなんて装備されてはいませんし。とは言え帝国の者とも違いますし……」


私は微笑みながら答えた。


「大切な友達よ。彼女のおかげで私は生きて帰ってこれた」


その言葉に納得した兵士たちはノアに感謝を伝え、私とノアは城門から入国した。……ふとノアの手を握り、感謝の気持ちを込めて軽く握った。


ちょっと顔が熱くなってしまった。



大通りに出たノアとセレナ。ノアがセレナを騎士寮まで送ろうとしたが、セレナは照れくさそうに質問をした。


「あのねノア、……今から予定ある?」

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