9.恐怖と憧憬、そして郷愁。






「こんな馬鹿みたいな数のゴーレム、どうしろっての……?」



 レヴィは背筋が凍る思いをしながら、無意識のうちにそう呟く。

 いまの急造パーティーにおいて戦闘技能を持つのは、物理攻撃を得手とする自分だけだった。それならば、この状況は詰みでしかない。

 彼女はこの五年の経験から、真っ先に最悪の状況を思い浮かべた。


 配信中の事故というのは、この業界ではつきものだ。

 魔物を相手に戦闘を行う類の配信者には様々な者がいるが、中でも一番多いのは巨額の収益で一発逆転を目指す人々だろう。ダンジョン配信において、魔物との戦闘はやはり花形だった。そのため、自然と収益の額も跳ね上がる。

 その金を目当てに命を賭すものが後を絶たない。

 金額が釣り上げれると相対的に、過激な行動を取る者が増えていく。中には無茶な選択をして、配信の強制終了を最後に消息を絶つ者も少なくなかった。


 ダンジョンが日常に溶け込むにつれ、死という概念もまた平凡化されていく。

 それがいかに悲しいことかさえ、画面越しの人々は忘却し始めていた。



「ふざけんな。アタシは、こんなところで死ぬわけには……!」



 しかし、レヴィは違う。

 彼女の中にあるのは、己の存在への問いけかだ。

 死への恐怖や、命の尊さを忘れることはない。ただ生きる手段が配信と密接な関係であっただけであり、この稼業が日常を害していることは理解していた。


 だからこそ、嘘偽りで着飾る配信者を嫌悪する。

 目の前に転がった命すら喜劇に変え、人々の目を欺くやり方だったから。レヴィという女性は、とかく現実に向き合うことについてシビアな観点を持っていた。


 それはきっと『レヴィという生き方』の根源が、偽りだったから……。



「アタシは、死にたくない。アタシはまだ、自分が何者かを知らない。だから、こんな場所で終わるなんて――」



 だからこそ、無数の敵を前に恐怖する。

 終わりを目前にして、不安で足が竦んでいた。

 膝に力が入らない。大剣の柄を握る手は、汗ばんで震えが止まらなかった。呼吸も自然に荒くなり、視野も狭くなる。そして――。



「はあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

「…………え?」



 意識さえも、どこかへ消え失せるのではないか。

 そう思った瞬間だった。




「うそ、だろ……?」




 彼の咆哮が響き渡り、信じられない光景を目の当たりにしたのは。

 レヴィは思わずそう口にして、大剣の構えを解いた。

 そして、ただ驚きと共に見つめるのだ。



 彼――エイトが炎に包まれた刀を手に、無数のゴーレムを屠っていく姿を。



 その動きは誰よりも俊敏で力強く、的確だった。

 先ほどまでの頼りなさはどこへ消えたのか、青年は常軌を逸した動きで力を振るう。一体、また一体と、強靭なゴーレムを魔素へと還していった。

 その背中を静かに、憧れすら抱いて眺めていると――。



「え……?」



 ――なにか、懐かしい景色が脳裏に浮かぶ。


 レヴィは一瞬の眩暈を覚えるが、どうにか踏み止まって記憶をたどった。

 そして半信半疑ながらに、こう思うのだ。



「アタシは、エイトを……知ってる?」――と。







「はあああああああああああああああああああああああ!!」




 ――信じられないほどに、身体が軽かった。


 知らないはず。それだというのに、どのように動けば良いのかが手に取るように分かった。俺はハジメさんに打ってもらった刀に炎をまとわせ、一心不乱にゴーレムを打倒していく。

 この力はいったい、何なのだろう。

 いや、答えは明らかだった。

 ラストが語った俺の正体、すなわち――『魔王』としての記憶。

 身体に微かに残存しているそれが、窮地に追い込まれた俺を突き動かしていた。



「なんていうか、不思議な感覚……だな」



 そして、最後の一体。

 金色に輝くゴーレムと向かい合って、俺は口角を上げていた。



「楽しい、ってのは違うな。ただ――」



 そして、俺は足に渾身の力を込めて。

 最後の敵へと直進し、鋭く刀を振るった――!



「懐かしい、って感じがする」



 地鳴りのような声を発しながら、ゴーレムは消滅する。

 それを見送って、俺は小さく息をつくのだった。



 

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