4:さじ加減だいじ

 対決後、村長んちの客間に寝せていたマリー・ベル。うなされていたが、村長の異名コードネームの神力である癒やしの力により、次第に穏やかな寝顔になっていった。

 ほどなくして目が覚める。


「う……ここは……」


「おはよう、マリー・ベル」


「ま、魔王! ぐくっ!」


 急に身構えるものだから、せっかく村長が癒やしてくれた傷の痛みがぶり返していた。

 まあそれは、本来よりも傷の治りが遅いことも起因している。


「あ、まだ無理に動かないほうがいい。俺の邪悪な神力で、本来の回復力が機能していないみたいなんだ」


 マジで災厄だな。この力……。


「私を……どうするつもりだ……」


「いや別に。動けなそうだから、介抱してやってるだけだぞ。良くなったなら、帰ればいい」


 邪神が「殺してしまえばよかったものを!」とわめいたから『暗雲球ブラックホール』で脅すとしゅんとして黙った。

 そんなやりとりを見て、彼女は再び驚愕する。


「なっ! 貴様は魔王だろう? 世界を脅かす邪悪なる使徒だろう!? 敵である私を生かす理由がわからない!」


 いやだって……俺の敵じゃないし。

 この邪神からすれば敵なんだろうが、いやむしろ、邪神は俺の敵でもある。絶対に許さん。


「このバカは世界征服する気マンマンらしいが、あいにく、俺にそんなつもりはない。魔王なんて、本当にいい迷惑なんだ」


 本当に、心底そう思う。

 俺はただ、人並みに異名コードネームを扱えるようになって、そこそこ強くなれたらいいなって思っていた。

 言ってしまえば、ただの武芸オタクなんだ。

 それがなんでこんなことに……。


「本当なのか……。それならば私は、すまないことをしたな」


「なに、仕方ないさ。だってこいつを殺せば俺まで地獄行きなんだろ? 悪いと思いつつ、抵抗させてもらったのは俺の方だ」


 ふむ。とマリー・ベルは小さく頷いた。

 このやりとりで、完全に俺への疑いは払拭されたような気がする。彼女の視線からは、先ほどまでの敵意はもう消え失せていた。


「……私に、提案がある。ソーマ。君の異名コードネームだが、もしかすれば、【改名】できるかもしれないぞ」


「……え!? ほ、本当か!?」


「なんだと! 【改名】!? そんなもの禁忌だ! 神への冒涜だぞ!」


 その話を聞くやいなや、途端に邪神が焦りだした。

 これは……なんか可能性がありそうだな。


「確かにその邪神が言うとおり、本来【改名】は神を選別し侮辱する行為。あってはならない。だが、これは異常事態だ。なので、王都へ赴き、我が神シャカに審判を仰ごう」


「嫌だ! おい早まるなよソーマ! こいつはその神の勅命でお前を消しにきたんだぞ!」


「いや、そうだとして、それは正義のためだろ。それに、騙す可能性は明らかにお前のほうが高い。自ら堕天した邪神だし」


「まったく、同じ空気を吸っていると想うと吐き気がしてくるな……」


「ううー! なんじゃなんじゃ! 酷いぞお主ら!」


 泣きべそをかいて避難してくる姿はまんま幼女なもので、ちょっとかわいそうな気持ちになってくる。だが、相手はこう見えて世界征服を企む邪神。

 情けは無用だ。


「お前が一番ひどいことしてるんだからな?」


「ふん! 裏切り者め! もう知らん!」


 釘を刺してもこれだ。てんで反省の色が見えないぞ、このメスガキ……。

 もう放っておこう。マリー・ベルに向き直る。


「わかった。信じるよ、マリー・ベル。共に行こう」


「うむ。ただ……険しい旅になるだろう。道中、他にもお前を狙う神の使徒が現れるはずだ。次からは、私のように油断はしてくれないぞ。殺されないように、鍛えなければな」


「う。わ、わかった……」


 実はちょっと、ダンジョン攻略を終えて、燃え尽き症候群みたいな感じになってたところだ。

 異名コードネームを手に入れた以上、なんだかこれ以上鍛える意味が見いだせないというか……。


 だが、こうして新たな目標ができたわけだ。

 生きて王都に辿り着く。そして神の審判を仰ぐ。

 そのためには、道中で殺されないよう、強くなる……!

 うん、なんだか燃えてきたぞ。


「それに、そこの邪神も守らないと結局お前まで死ぬからな……こいつも同行させたほうがいいだろう。近くにいたほうが守りやすい」


「ふはは! 神の使徒がわれを守るか! 滑稽滑稽!」


 なーんでこうすぐに人を煽るかなこいつ。

 俺もなんだか腹が立つ。


「だまれバカ」


「死なない程度に腹パンするぞ貴様……」


 そうそう。こいつが死んだら俺まで道連れだもんな。

 そのさじ加減は大事だ。

 逆を言えば、さじ加減できる範囲なら、こいつの生意気な口に対する仕返しも可能であるということだ。

 道中、俺たちに逆らえばどうなるか、しっかり躾けて分からせないとな。


「ぴい……」


 俺の思惑を察知したのか、邪神は小さく悲鳴を上げるのだった。

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