2:はじめまして、四天王

 いつまでもダンジョン内にいても埒が明かないので、とりあえず村に戻って、村長に話をしてみた。


「はや〜。このめんこい童子わらしが神様かえ。ありがてえありがてえ」


「オイこいつ邪神だぞ。拝むな拝むな」


 村長が呑気にも手を合わせて邪神を拝んだものだから、俺もすっかり、毒気を抜かれてしまった。


「ふははは! 苦しゅうない!」


 邪神もノリノリだ。こんな幼女の見た目だが、その実は邪神。

 だが、見た目通りに、てんで弱い。神力を枯渇させてしまって、その強さも身長もほとんどダンジョンの最弱モンスターのゴブリンと変わらない間抜けな奴だ。


「ソーマよ。こっちに来なさい」


「ん? なんすか村長」


 一通り邪神を愛でたのちに、俺を手招く村長。

 不用心にも近付いた俺は、あまりにも容易く、頭を鷲掴みにされてしまった。


「よく頑張った。本当に一人でダンジョンを攻略してしまうとは、お前は我が村の誇りだ」


「うお……あ、ありがとう、村長……!」


「うんうん。その禍々しい異名コードネームも、きっとなんとかなる。今日のところは休みなさい」


 なんだかむずがゆくて、嬉しい気持ちを隠しきれない。

 それが恥ずかしくて、言われるがままに、さっさと村長宅を後にした。

 頭があったけぇ。




「—―つっても、ぜんぜんピンとこないんだよな。【魔王】なんて言われてもさ」


 翌朝。

 起きてなお、活動する気力もなくベッドに寝そべっていると、暇つぶしにいろいろなことを考える。

 ちなみに邪神も普通にいる。昨日は床で寝せた。

 昨日は両親もなんか普通に迎えてた。邪神つっても「へえ、そう」って感じだった。


「この村の人間は、お主も含めてノリが軽いのう。昔の人間は神と対峙したものなら、泣きながら漏らしながらこうべを垂れて異名コードネーム拝したものだが……」


「それなら俺はこの村の価値観で育ってよかったよ……」


 さて、そろそろ、こいつの処遇と俺の今後のことでも考えないとな。なんてぼけーっと思っていると、ふと、窓の外から俺を呼ぶ声がした。


「おーいソーマ。なんか村外のお客さん来てるぞー」


「……俺に? 誰?」


 窓を開けると、村の顔見知りがいた。そいつは俺に来客があるという。

 俺は一度も、村の外に出たことはない。

 せいぜいがダンジョンまでだ。だから村外に知人はいない。


「さあ。だけどよ、豪華な鎧なんて着て、それに、大層な美人だったぜ」


「ますます知らんな。俺の知り合いに美人はいねえ」


「でもよ、この村で昨日、異名コードネームを手に入れた奴を探してるって言うんだから、お前しかいねえよ」


 それを聞き、ほう。とうなる邪神。


「ふん、さっそく現れたな。『神々の使徒』だ。ぬかるなよ、ソーマ!」


「ええ……会いたくないんですけど……」


 そしてなんで早速来るんだよ。

 俺、そういえばまだ、この異名コードネームの力をぜんぜん試してすらないんだけど……。


「何を言うとるかー! お主が戦わなければわれまで殺されるのだぞ! さっさと戦えー!」


 嫌だと言いたいが……いや待てよ。

 そのままこいつ。邪神を引き渡せばいいだけじゃないか?

 なあんだ。これで解決じゃんか!


「よし。わかった。行くか! 『神々の使徒』とやらの元へ!」


 そうと決まれば善は急げ。

 俺はベッドから飛び上がり、急いで身支度を済ませて家を出た。

 村の出入り口へ向かうと、すぐにその女性を発見した。確かに、大層な美人だ。

 しかしその見た目とは裏腹に、神により遣わされたのだから、きっと実力者だ。失礼のないように応対する。


「お待たせしました。昨日、異名コードネームを手に入れたのは確かに俺ですが、要件はなにか?」


 彼女は俺を見て、そして、俺が引き連れた邪神を見て、目つきを鋭くさせるのだった。


「初めまして、【魔王】よ。私はマリー・ベル。――我が神シャカより勅命を受け、この地に推参した。あなたを、倒せと――!」


 とてつもない闘気に気圧されそうになる。

 なんて凄まじい威圧感だ。こりゃ並の武芸者じゃないぞ。おそらく、この国でトップレベルのヤバい奴……!


 こちとら昨日がた、ようやく異名コードネームを手に入れたような、武芸者としてようやく一歩を踏み出したような奴だぞ。戦うまでもなく、相手が悪すぎる。この人をどうにかするなんざムリゲーだ。

 やはりおとなしく、身を引こう。

 邪神を引き渡すのだ。てか、もとよりそのつもりだし。


「あの、やめませんか。俺、無理やりこいつにこんな大層な異名コードネームをつけられたんですけど、まったくもって不本意なんです。こいつを差し出しますので、どうか平和に解決しませんか?」


「な、なんだとソーマ! この裏切りものー!」


「裏切ってない。そもそも元から仲間じゃない。俺とお前の関係は、被害者と、加害者だ」


 やかましい邪神をあしらい、さっさとこの茶番を終わらすべく努める。

 そんなやり取りを見て、マリー・ベルは感心してみせた。


「素晴らしい。……素晴らしい自己犠牲だ。賞賛に値する」


「いやいや、善良な国民としてとうぜ……ん? 自己犠牲?」


 不穏な単語に気付き、聞き返す。


「一目でわかった。そこにいる邪神と君は、あまりにも深く根強く神力を共有している。ならば、この邪神を倒したあかつきには、まず間違いなく、君も共に地獄に引っ張られていくだろう」


「……え? 俺も死ぬの」


「はい」


「地獄行き?」


「絶対に」


「……嫌なんですけど……」


「そうか……なら」


 マリー・ベルは、ふう、とため息をついてから……。


「抵抗の意志ありと見て、君から先に討伐させて貰おう。【魔王】よ! 私はロゼント王国四天王が一人マリー・ベル! 異名コードネームは【斉天大聖モンキーダンス】! いざ尋常に勝負!」


「うっわこいつ! なんやかんや魔王おれと戦いたくてうずうずしてやがったな!?」


 かくして、戦いの火ぶたは唐突に切られた。

 死にたくないからやるしかねえ! でも相手はこの国の四天王ってんだから……いややっぱムリゲーだわこれ……。

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