第29話「改名」

 人憑は怨みの塊……のはずだった。

 いまはスキュートの〈魔法槍〉で肩を貫かれ、憎悪どころではない。

 ミスリル歩兵モドキの蔑称はどこへ行ってしまったのか。

 いまはもっと短い呼び名に変わっていた。

 ヤバイ奴、と。

 人憑は怯んでいた。

 ――こいつはヤバイ奴だ!

 これまでにも〈合わせ技〉を使える魔法使いはいた。

 通常、第一魔法を〈障壁〉とし、第二魔法に〈衝撃波〉を選ぶことが多い。

「ここから通さない!」という〈障壁〉と「あっちへ行け!」という〈衝撃波〉は共に拒絶を意味していて相性が良い。

 でも、所詮は〈衝撃波〉なので恐ろしくはない。

 魔法使いより反応が速いので躱せるし、当たっても拳骨を一発もらう様なものだ。

 魔力の拳骨をへっちゃらだと嘲っているわけではない。

 当たれば痛いが、無尽蔵に体力が高いということは耐久力も高いので、一発殴られた位では倒されはしない。

 どうせ盾役の護衛が前提の拳骨だ。

 魔法使いを孤立させれば〈障壁〉だけで精一杯になり、魔力の拳骨はすぐに沈黙する。

 ……と予測していたのに、クートがまるでミスリル歩兵の様なしぶとい魔法使いだ。

 人憑はまだ戦うのか?

〈障壁〉と〈魔法槍〉で待ち構えられては勝ち目がない。

 では、逃げるか?

 魔法使いに尻尾を巻いて逃げるなんてどうしても受け入れられない……

 この進むも退くも中途半端な状況が一番良くなかった。

 動きが止まっているから石が唸りを上げて飛んでくるのだ。

 石というより、人間の頭骨大の岩が――

  

 ゴオッ!

  

「っ!?」

 さすが反射神経の良い人憑だ。

 紙一重で何とか躱すことができた。

 岩が飛んできたのは森の樹上から。

 樹から樹へと俊敏に、大手長猿が人憑の周囲を飛び移っていた。

 この辺りを縄張りとする大猿が侵入者を威嚇しに来たのではない。

〈従者〉としてギニ集落からやってきたのだ。

 その背に乗っているのは傭術師と魔法使い。

 リッサとハリムが到着した。

 彼女が叫ぶ。

「クートはそのまま〈障壁〉に集中して! 攻撃は私たちがする!」

 とはいえ、内心では驚いていた。

 魔法も傭術も、お笑い芸人クートに術の才能はない、と断言できる。

 指導した二人がその目で確認している。

 なのに、魔法の感覚に目覚めた?

 一体どうやって、と尋ねたいがいまは人憑の撃退が最優先だ。

 ハリムもすでに魔法の準備に入っていた。

 彼女も集中力を高め〈従者〉に命じた。

(あの人憑にぶつけろ!)

 誰にだって苦手なものはある。

 それが傭術師にとっては人憑であり、人憑にとっては大手長猿だった。

 高所から一方的に投石攻撃されてしまうのだ。

 投石の〈弾〉はそこいら中にあった。

 リッサの命令を受けた大猿が次々と飛び移り、拾っては投げ、拾っては投げ……

 岩を拾いに地上付近を通ることもあるが、速すぎて目で追うのがやっとだ。

 また、必ずしも岩を拾いに降りてくるとは限らず、高い枝で見つけて実を投げつけてくる場合もある。

 何でも〈弾〉になり得るので、ありとあらゆるものが人憑目掛けて飛んでいった。

 岩、実、枝、等々。

 そして鋭く尖った氷も。

 ハリムの魔法〈氷の矢〉だ。

 彼には火の魔法もあるが、森林火災を避けるための選択だった。

 発射間隔では投石に劣るものの、威力や効果では魔法が上だ。

 直撃はもちろん、かするのもダメだ。

 尻尾まで完璧に回避できていないと毛先が一瞬で凍り、避けた後でも地面や樹で暫く凍り続けるので注意が必要だ。

 氷の魔法は恐ろしい……

 一発でも当たったら被害甚大だ。

 高所からの一方的な攻撃を、人憑は地上で避け続けるしかなかった。

 でも、おそらくは何も命中しないだろう。

 スキュートに接近しなければ〈魔法槍〉は来ないし、大猿から目を離さなければ確実に避けられるはずだ。

 ……普段の反射神経なら。

 三人対一匹の戦いにおいて、人憑は敵の位置をすべて把握していなければならない。

 さもなくば、見えない角度から攻撃を受けてしまう。

 賢い妖魔が当然守る鉄則だ。

 なのに一つだけを目から離せずにいた。

 岩だ。

 実や枝を疎(おろそ)かにしてはいないが、大手長猿が岩を拾ったのを見た瞬間、心が最大の警戒を呼びかける。

  

 来る!

 小石が来る!

  

 投げている猿が大きいので岩が小石に見えるだけなのに、この人憑にとっては絶対に命中してはならない物だった。

 小石が変化の原因だったのだから。

 それだけに悲しい……

 もしかしたら奇跡的に件のインチキ魔法使いを発見し、怠慢と見殺しを謝れば怨みが晴れるかもしれない。

 怨みがなくなれば人間を襲わなくなり、小石への執着もなくなるのではないだろうか。

 ……と素人は考える。

 妖魔のことをわかっていない。

 認めようと、謝ろうと、妖魔の怨みが晴れることはないのだ。

 怨みを許せないからではない。

 元は同じ人間だったのに、変化後は人間を獲物にしか見えないからだ。

 人間が喰われたくないなら、元人間を退治するしかない……

 妖魔とは呪わしい。

 これは人間対元人間の矛盾した戦いではない。

 人間対妖魔という純粋な敵との戦いなのだ。

 ……そう認識した方が良い。

 でないと戦いに迷いが生じてしまう。

 その純粋な戦いで、スキュートに好機が到来していた。

 人憑は小石を絶対にもらうまいと大手長猿から目を離せないので、スキュートへの注意が減少していた。

 高所と平地を同時に見張るのは大変なのだ。

 しかも小石や氷以外にも色々な物が矢継ぎ早に飛んでくるので、警戒の中心が自然と高所に偏ってしまう。

 とはいえ、槍のことを油断しているわけではない。

 痛い目に遭ったが大体の長さを把握できた、という人憑の判断は正しい。

 しかしその判断こそが、スキュートにとっての好機となったのだ。

「…………」

 いまの彼には使命があった。

 足を挫いているラシンタを守らなければならない。

 弱虫で、モドキで、最後はミスリル歩兵ではなかった奴が?

 その通り。

 誰かに命じられたのではない。

 自分自身にそう命じた。

 たとえ盾がなくても――

 違う。

 たとえ大盾が似合わない弱虫でも、守れる手段が見つかったなら全力を尽くせ、と。

 彼の士気は高かった。

 なのに〈障壁〉を維持し続けているだけで、その場から一歩も動こうとしない。

 リッサとハリムが来てくれて安心しているのか?

 そうではない。

 誤解だ。

〈障壁〉の一方で、次の用意を整えているのだ。

 心の中で具体的にカキン、カキン、と鍛冶の音を鳴らせながら。

 彼は思案していた。

 さっきの〈魔法槍〉は良い出来だったが、一撃で仕留めることはできなかった。

 人憑が素早いからと言い訳はしない。

 今日まで槍の訓練から逃げていたからだ。

 それでも素人の槍が肩を貫けたのは奇跡だったのだ。

 二度はない。

 リッサの言う通り、魔法攻撃は慣れている二人に任せるべきなのだ。

 でも当たらない。

 飛び道具が来るのは猿の背からだけだと、人憑はわかっているのだ。

 近付かなければ槍のことも心配無用だと。

 三対一で優勢なんてとんでもない。

 長引けば全員の魔力が尽き、連続攻撃を控えていた人憑の体力が回復してしまう。

 眼中外の彼が何か不意を突けると良いのだが、槍は距離を取られて無力とされていた。

 それがもどかしい。

 素人の槍に一撃必殺など期待していない。

 高所ばかりい見ている人憑の足を引っ掛けてやりたいのに。

  

 あぁ、いまは威力より長さが欲しい……

  

 魔法は思いの力。

 その才能があれば、具体的に思い浮かべたことが実現する。

 彼の中で再び工房が現れ、完成していた槍を熱し、叩き、長い長い棒に加工し直していった。

 何と特異な魔法か。

 現実の鍛冶ではないので、加工し直しはすぐに完了した。

 丁度、人憑が上方を見ながら前を駆け抜け様としていた。

 彼は出来上がった透明な棒を振り下ろした。

 静かに、そっと。

 ブゥンという棒の唸り声も、訓練の「エイッ!」という気迫の掛け声もない。

 時々はクートの位置を把握していたが、特に上方を警戒していた人憑は不意の障害物を避けられない。

  

 ガッ!

  

「っ!?」

 見えていない物を飛び越えようと思うはずがなく、全力疾走していたせいで派手に転がった。

 二転、三転、四転……

 六転で回転が弱まったので、踏ん張って止まった。

 それは飛び道具を避ける速い動きが止まってしまったことも意味していた。

 人憑が顔を上げると、鼻先に岩が迫っていた。

「あ……」

 さすがの反射神経も間に合わなかった。

 リッサは優秀な傭術師なのだ。

 俊敏な人憑が足を取られた隙を彼女は見逃さなかった。

 回転が止まる地点を予測し〈従者〉に岩を投げさせたのだ。

 見事、顔の中心に命中。

  

 ゴガッ!

  

 岩が人憑の鼻を砕き、鮮血を迸らせ、顔の骨に隕石の墜落の様な亀裂が走る。

 直後にのたうち回りながら大絶叫が上がっているが、何と叫んでいるのかわからない。

 人語なのか、それとも獣声なのか。

 たぶん激痛を訴えているのだと推測するが、怒りにも悲しみにも聞こえる。

 そんな本能の声だった。

 確かに鼻が痛い。

 肩も痛い。

 けれど、それ以外の部位は何ともない。

 消耗が大きい連続攻撃を控えてきたので体力も回復してきている。

 反撃の準備は整っていた。

 ところが、

「~~~~っ!!」

 人憑は呻きながら全速力で逃げた。

 怪我も体力も戦闘継続に支障ないはずだが、それどころではないのだ。

 支障があったのは鼻より心。

 岩の様な小石が真に砕いたのは心だった……

 怒り?

 怨み?

 いま、そんなことを気にしてはいられない。

 これが〈衝撃波〉なら、まだ耐えられる。

〈衝撃波〉は小石ではないと冷静な判断ができた。

 だが、小石はダメだ。

 冷静でいられない。

 かつて助けてくれたはずの小石が我が身にぶつけられたのだ。

 たった一つ当たっただけで、妖魔として存在している理由の全てが消える。

 だから、とにかく逃げるのだ。

 さらに二つ目、三つ目ともらい続けたくないなら。

 大量の鼻血を撒き散らしながら、人憑は見る見る遠ざかっていった。

 噴き出しても、噴き出しても止まらない血と……涙?

  

 ***

  

 弱虫改め魔法使いスキュートは人憑を撃退した。

 最後にはリッサとハリムの加勢はあったが……

 いや、立派な初陣だったと褒めるべきだろう。

 二人の到着は間に合わず、人憑の食事を阻止できたのは彼なのだから。

 お手柄だ。

 めでたし、めでたし……と終わりになるわけがなかった。

 タダでは済まない。

 なぜパーティーに魔法使いを加えるのか?

 それは常人にない不思議な力を借りたいからだ。

 真っ暗なダンジョンでも昼間の様に見える視力をつけたり、剣で斬れないスライムを火の魔法で退治する等々。

 この不思議なことを起こすために魔法使いは力を消耗する。

 何の力かは一口では言い表せない。

 総合的な力としか。

 たとえば魔力。

 たとえば体力。

 もしかしたら、命を削るのと引き換えに出せる力かも。

 故に連発など以ての外で、いつも魔力の残量を気にしながらの冒険になる。

 ところが魔法使い見習いでは、そうはいかない。

 初めての魔法で加減がわからず、全力を出し切って倒れる。

 師の下で見習いに〈初回〉を行せるのは、己の魔力の量がどれ位かを知ってもらうためだ。

 わからずに全力を出して倒れれば、自然と力加減が身に付く。

 誰の弟子でもないスキュートもまた力尽きてガクッと崩れた。

「!?」

 突然、体に力が入らなくなって驚いているが、異常ではない。

 これが魔法使いを目指す者が最初に経験する〈魔力切れ〉だ。

 近くに降りてきた大猿の背からハリムが飛び降りて駆けつけた。

「大丈夫だ、大丈夫! 最初は皆そんな感じだ」

 見習いが最初に味わう、魔力がなくなった魔法使いは何もできなくなるという恐ろしい体験――

 だからこそ体験後は無理をせず、力量の範囲内で魔法を出す一人前になれる。

 スキュートの場合はいきなり実戦だったが……

 とにかくこれで一人前の魔法使いが誕生したのだ。

 ハリムは新しい同僚を歓迎した。

 続いて、リッサも降りてきたが、

「…………」

 すぐには言葉が出なかった。

 後ろめたいのだ。

 彼女はクートを軽蔑してきた。

 傭術の初訓練の日、彼がカニの様に泡を吹いていたのをこの目で見ている。

  

 何がミスリル歩兵か。

 アンタの様な弱虫は、お笑い芸人が相応しい!

  

 ……と思ってきた。

 だが、ハリムの〈探知〉で魔法の気配を見つけた時、そこで見たものはクートが魔法で人憑を怯ませている光景だった。

 俄には信じ難かった。

 でも、回避能力が高い人憑に投擲が見事命中したのは、彼が出した魔法の棒のおかげだ。

「急いで帰るよ。別の敵が現れない内に」

 彼女の中にもう軽蔑する気持ちはない。

 妖魔から逃げられないと悟り、彼の眠っていた才能が目覚めたのかもしれない。

 今日から呼び方を改める。

「ハリム、一緒に〈スキュート〉を猿に乗せるのを手伝って」

 傭術師達が苦戦する人憑を彼一人で圧倒したのだ。

 お笑い芸人クートなんて呼べない。

 彼女は認めた。

 今日から彼は魔法使いスキュートだ。

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