第4話 災厄の日

「では時間がもったいないですので、早速案内しますね。まずは……」


 僕は彼女の後ろについていきDOとして使える設備を一通り見せてもらう。

 DO隊員用の部屋に、トレーニングジム。会議室に資料室などがここにはあるようだ。


「単純なわたくしの興味なのですが、あなたがここに入った理由はどのようなものなのでしょうか?」


 軽く全体の説明を受けて一時間近く経った頃、仕事関連の話ではなく世間話を切り出される。

 僕はその問いかけに対しては、前々から答えをしっかり持っていたのですぐに答えることができる。


「誰かを助けることができて、誰かの憧れになれる。つまりヒーローになりたかったからだよ。人助けで尚且つ注目も集まりやすいDOはピッタリだったってところかな」

「誰かの憧れ……」


 峰山さんは納得したような、でもまだ疑問もあるような微妙な表情をする。


「少し前から気になっていたのですが、あなたがよく口にしているヒーローとは何なのですか?」

「あーそれか……少し昔の話になるんだけど、峰山さんは十年前の災厄の日って分かる……よね流石に」

「えぇ。当時物心ついていた人なら誰しもが分かると思います」


 十二年前に突如として出現したダンジョン。そしてそこから現れた異形の怪物サタン。しかしその時は数が少なく発生頻度も少なかったので被害はそこまで大きくはなかった。

 しかし十年前に災厄の日と呼ばれる日本史上最悪の事件が起こってしまった。

 

 その日突如として大量のダンジョンとサタンが出現したのだ。その圧倒的な数に警察や当時からあったDOは対応しきれず、甚大な被害を出してしまった。

 皮肉なことにそれがきっかけとなりダンジョンの研究が進んだおかげで技術が進歩して、復興は順調に進んでいる。

 それでも今も当時の心の傷が癒えてない人は少なくなく、ダンジョンやサタンの研究や管理にもっと力を入れて欲しいという声も多い。


「僕はその日死にかけたんだ……避難している最中にサタンと出会してしまって」


 僕は当時五歳で、親と逸れてどこに行けばいいのか分からなくなっていた時にサタンに襲われた。小さく無力で、何もできなかった僕はその場で立ち尽くすことしかできなかった。


「でも生人さんは今もこうして生きていますよね? 誰かに助けてもらったのですか?」

「そうなんだ……あの日助けてもらったんだ。ヒーローに」


 僕は重苦しい口調から、明るく軽快なものへと変える。憧れの人を思い出すことで自然とそうなる。


「ランストを使って変身していたその人は、僕を襲おうとしていたサタンを倒してくれたんだ。その力は圧倒的で、目の前の化物をものともしなかった。とてもかっこよかった」

「その姿に、自分を助けてくれたヒーローに憧れたということですか?」

「そうなるね。あの人がいなかったら僕は今頃生きていなかった……絶対に。だからその人には感謝しているし、その背中に憧れたんだ」


 ひとしきり言い終わった後、なるほどと頷く峰山さんを視界の端に、僕はあの時のことを思い返す。

 あのままじゃ生きていけなかった僕の人生を変えてくれたヒーローのことを思い返すことで、また胸が暖かくなり勇気が湧いてくる。


「それで、その人とは誰なのですか? 当時DOにいた人などでしょうか?」

「それが誰なのか分からないんだ。僕を助けた後、勇気づけてくれるような言葉をくれて、そのままどこかに行ってしまったんだ」

「そうなのですか……でも後から探しても分からなかったのですか?」

「当時から指揮官だった父さんに聞いてみても分からなかった」


 災厄の日に僕の両親は死んだ。そしてその後に今の父親である遊生さんに引き取られた。

 父さんがDOの指揮官だと聞いて、僕を助けてくれた人について聞いてみたけど、DOには特徴に合致する人はいなかった。

 それどころか不正や犯罪の防止の為にランストで変身した際は信号が送られてどこで変身し、今どこにいるのかが分かるはずなのに、父さんが記録を探ってみた結果、僕が見たその人の反応はどこにもなかった。


「じゃあ生人さんは存在しない誰かに助けられたと……?」

「分からない。でも、それでも僕の心は変わらない。あの日助けてくれたヒーローは確かにどこかにいる。だからその人の背中を追って今日を生きているんだ」


 僕はこれだけはハッキリと、何の迷いもなく言い切る。


「ここにいたんだ生人君」


 僕が憧れのヒーローについて峰山さんに語り終わった頃、DOの部屋に美咲さんが入ってくる。


「美咲さん? どうしたんですか? 今日は仕事があるんじゃ……」

「今日は色々回って確かめることがあってね。その道中でこの部屋の近くに来たから、もしかしたら君がいるかなと思って顔を見に来たんだ」


 美咲さんは父さんの昔からの知り合いで、僕が引き取られた十年前からよく家に来て父さんがいない時は世話もしてくれた。

 自分自身だってダンジョンの研究で忙しいのに、僕の事を気遣ってくれた。世話焼きで優しい人だ。


「生人さんは美咲さんと知り合いだったのですか?」


 峰山さんが目を見開いて驚いた素振りを見せる。

 

「美咲さんは僕の近所に住んでた人で、父さんの知り合いってこともあって遊んでもらったりしたことがあるんだ」

「そうなのですか……指揮官の息子で、更に有名な研究者である美咲さんとは知り合い……意外にあなたはすごい人なのかもしれませんね」

「そうかな? 別にそうは思わないけど」


 だって、偶然周りにいた人がすごかったってだけの話だよね? そんなの僕がすごいわけじゃないし、僕が何かできるわけでもないからどうとも思わないや。


「ところで二人は何をしていたのかな? 見た感じ寧々君が案内や施設の説明をしてくれている感じかな?」


 美咲さんは辺りや僕達の様子を見ながら、そうしているのだろうと見当をつける。


「そうです。それでわたくしはこれから彼に実戦について確認を行いたいのでダンジョンに潜ってみる予定なのですが、美咲さんはどこかおすすめの場所などあるでしょうか?」


 峰山さんが長年ダンジョンを研究し、日本で最もダンジョンに詳しい研究者と言われている彼女に何かアドバイスがないか尋ねる。


「なるほど……良い場所が一つあるよ。生人君、ランストを借りるよ」

「はいどうぞ」


 熟考してから、彼女は僕のランストを操作してある一つのダンジョンを見せてくれる。

 そこは海辺のような場所のダンジョンだ。ただひたすらに浜が続いている。


「ここなら見渡しもいいし、寧々君の変身する形態であるエンジェルで空中から見やすいんじゃないかな? それにここには強いサタンもいないし、確認や練習で行くなら丁度いいんじゃないかな?」

「確かにわたくしの能力で飛んで生人さんの動きを見る事を考えたら、この場所はうってつけですね」


 僕は峰山さんの変身する形態については昨日偶然ダンジョンで会った時に見ていた。

 彼女は白を基調とした、少し薄い黄色が混ざった色もある天使のような造形の鎧を着ていた。

 背中には翼もついており、先日は洞窟内だったので見れなかったが飛行もできそうではある。


「とりあえず今からここに潜るということでいいですか?」

「僕もそれでいいと思うよ。特に異論はないよ」


 反対する理由もなく、寧ろ利点しかなかった。すんなりと物事が通り、僕と峰山さんはそのダンジョンに向かうこととなった。

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