第2話 入学式

「よし。それじゃあオレと美咲は仕事の方に行ってくるから、お前はしっかり学校頑張ってくるんだぞ」

「うん。まぁ入学式だけだけどね」


 車から降りて僕は二人と別れて学校がある方へと足を動かす。道中では僕と同じ新入生が歩いている姿や、自転車で登校している先輩と思われる人達の姿がある。

 その景色がより僕がこの学校に入学したことを実感させてくれる。

 

 そして数分もしないうちに校門まで辿り着く。桜の花が舞い、横には入学式と大きく書かれた看板がある。

 僕が待ちに望んだ景色に気持ちを昂らせていると、背後の方からなにやらガヤガヤと騒がしい声が聞こえてくる。


「あれって峰山グループの所の妹さんだよな?」

「この学校に入学するって噂本当だったんだ……」


 後ろを振り返ってみると、そこにはまさに美少女という呼称がしっくりくる女の子がいた。茶髪の長髪を揺らしながら、こちらに向かって歩いてくる。

 僕はその整った非の打ち所がない顔を知っている。とある大企業の社長の末っ子である彼女、峰山寧々の顔をテレビか何かで見た記憶がある。


「おはようございます」


 彼女は見知らぬ僕に対して礼儀正しく挨拶し頭を下げる。


「うんおはよう!」


 挨拶をされて返さないのは失礼なので、僕もすかさず元気よく挨拶を返す。


「その声どこかで……」


 僕が挨拶をすると、彼女は怪訝そうな顔をしてこちらを見つめ返してきた。まるで何かを思い出すかのように。


「間違っていましたら悪いのですが、わたくしとあなたはどこかで会ったことがないでしょうか? 気のせいかもしれませんが、その声に聞き覚えがあるような気がしまして」


 数秒何かを思い出そうとするように考えた後、彼女は若干の諦めを見せて僕に尋ねてきた。

 僕は記憶をじっくり見返すが、こんなに美しい彼女、というよりあの有名な峰山グループの御令嬢と会った記憶なんてあるはずもない。


「気のせいだと思うよ。僕は普通の家庭のどこにでもいるような人間だし、峰山さんとは会ったことないと思う」

「あら、そうですか。失礼いたしました。ではわたくしはこれで」


 そう言って峰山さんは僕の横を通り過ぎて校内へと行ってしまった。

 その後を追いかけるわけではないが、同い年の彼女とは大体行き先が一緒なので、後を追いかけるような形で僕も指定の教室へと歩いていく。


「あら? あなたは先程の……同じクラスでしたか」


 自分の教室に入ってすぐ先程会った峰山さんが視界に入り、彼女もまた僕がこの教室に入って来たことに気づく。どうやら僕は峰山さんと同じクラスのようだ。


「そうみたいだね。これから一年よろしく!」

「はい。こちらこそ。それで、わたくしの名前はテレビかどこかで存じ上げているようなのでいいのですが、わたくしはあなたの名前を知らないのであなたの名前を教えてもらってもよろしいでしょうか?」

「僕? 僕の名前は生人だよ!」

「生人さんですね。分かりました」


 ただ淡々と、愛想がないという程ではないが、まるで流れ作業かのように峰山さんとやり取りをする。彼女の立場上多くの人とこうやって自己紹介する場がたくさんあって慣れすぎているのかもしれない。

 それから当たり障りのない内容を話している内に時間がやってきて、僕達は体育館に行かされ、そこで入学式を行って教室まで戻ってくる。


「えーそれでは今から皆さんには一年間一緒に過ごす仲間達に自己紹介してもらいます。では出席番号一番から順に……」


 担任の教師が前に立って適当な話を終わらした後、最後に僕達はこういうよくあるみんなの前での自己紹介をやることとなる。

 中学の頃とさほど大差ない内容。ただクラスメイトとして名前は覚えておきたいので、しっかりと聞いておく。

 そんなこんなで次は峰山さんの番が回ってきた。


「峰山寧々です。ご存知の方もいるかもしれませんが、DO所属の隊員です。この度はダンジョンに関心を抱いた皆さんの模範となるべく本校に入学することとなりました」


 彼女の自己紹介を聞いて僕は何のニュースで彼女を見たのかを思い出した。

 それは数ヶ月前に峰山グループの令嬢がDOに入隊したというニュースだった。あまりにも若い年齢で入隊の合格基準を満たし、ネットでは不正や癒着があるのではと少し騒がれていた。

 

「間近で見ると何か迫力ある~やっぱり不正したって噂は嘘だったんだ……」

「あの寧々さんと同じクラスか……緊張するな……」


 彼女が話し出すと目に見えてクラスがざわつく。先生が何度か咳払いをして静かにするように促すと少しはマシになるが、それでもみんなどこか落ち着かない様子だ。

 

 そんな調子のまま後の子達も自己紹介をしていくが、峰山さんのインパクトが大きくてみんなあまり言葉が頭に入っていない。

 そうして最初の文字が"よ"の名簿番号最後の僕の番が回ってくる。

 

 この空気でやるのか……何だか気まずいな。でも、僕は僕らしく、憧れのあの人らしくしてればいいんだ。


「僕は寄元生人。理想のヒーローになるべくこの学校に入学して、そして今日からDOに入隊することになりました。一年間よろしくお願いします」


 僕の自己紹介が終わるとクラスが更にざわついた。

 それもそうだろう。本来DO、というよりそもそもランストに適合できる人間がごく一部なのだ。珍しくて驚くのも無理ないだろう。

 クラスのみんなが物珍しいものを見る視線を送ってくる中、一人だけ違う種の視線を送ってくる人がいた。


「あなたが……」


 それは峰山さんのものだった。何かに納得したような、腑に落ちたような表情をしている。

 それから僕と峰山さんのことで少し教室が騒がしくなったが、先生が半ば強引に静かにさせて今日の授業は終わるのだった。

 

 時刻は十時半頃で、教室では帰りにどこかに寄ろうだとか、帰ってから遊ぼうだとかありふれた話題が飛び交っている。

 そんな中僕と峰山さんはそれぞれ囲まれて質問責めにあっていた。

 僕はいつからランストを使えるようになったかとか、DOに入る理由だとか、様々な質問をされていた。少し離れた所で峰山さんも同様に囲まれていて、話の内容は聞こえないが、おそらく自分と同じようなものだろう。

 

 そんな質問タイムを数分続けていると、峰山さんが時計をチラリと見たかと思えば立ち上がり周りに一礼して道を開けてもらってこちらに近づいてくる。


「すみません生人さん。指揮官にDOの本部に案内するように言われていますのでついて来てください」

「うん分かった。じゃあみんなまた明日」


 僕は周りのみんなに別れの挨拶をして峰山さんと二人で教室から出る。それから僕達は学校から出てDOの本部に向かうべく広い敷地内を歩く。

 

「まさかあなたが今日からDOに入る新人だったとは。驚きました」


 僕の前を歩いている彼女が口を開く。

 驚いたと言っている割にはそんな感じはせず、声から感情があまり感じ取れない。


「それでもしかしてと思ったのですが、生人さんは昨日ダンジョン配信を……そこで天使のような鎧を着た人に出会いませんでしたか?」


 この世界ではDOの他にも一般ダンジョン配信者と呼ばれる人達がいる。その人達はDOが制圧したダンジョンに潜り資源を採って国に売ることができるのだ。

 僕も昨日までは一般ダンジョン配信者であり、丁度昨日も潜っていた。そしてそういえばそこで他の配信者と会っていた。その人は彼女が言った特徴と一致している。


「会ったけど……もしかして昨日の配信見てくれてたの?」

「違います。その出会った配信者がわたくしなのです」


 僕はそう言われてよく思い出してみれば、昨日のあの人の声が峰山さんの声とそっくりだということに気がつく。


「あの時あなたは言っていましたよね? 憧れのヒーローを目指しているから人を惹きつけられているのだと。あれはどういった意味だったのですか?」


 彼女は真剣な表情と眼差しをこちらに向けながら問い質してくる。

 

 僕は正直これの返答に困っていた。というのもあの時言ったあの言葉はふと出た口癖のようなものであり、大した意味はないからだ。

 僕にとって生きるということは、憧れの、理想のヒーローになるということで、それ以上でも以下でもない。

 つまり自分の本能とかで感じているようなもので、彼女が望むような論理的なものではないからだ。


「もう着いてしまいましたね」


 言葉を出す前に峰山さんが立ち止まる。目の前には高いビルがあり、入り口の前にある看板を見ると、二階にDO本部があると書かれていた。


「これからずっと一緒に仕事をするのですし、時間はたっぷりあります。ですのでまた今度返答を聞かせてください。しっかり考えた上で」


 彼女は見透かすように横目で視線を送る。まるで僕があの発言の意味をしっかり言語化できないことを言い当てるように。

 僕は頭の片隅にその宿題を仕舞い込んで、彼女について行きビルの中に入るのだった。

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