ストーカーがやって来た

「お前の除籍の手続きは終わったぞ!」


父の大声で、私は目覚めた。

一応廊下で怒鳴ったみたいだ。

私は質素なワンピース姿で、扉を開ける。


「男爵様。今日商人が私が買った商品を持ってくるので、それを受け取ったら立ち去ります。短い間でしたが、お世話になりました」

「……う、うむ」


困ったように頷く義父の頭の照り返しが眩しい。

これって、反射した光でも太陽光発電は可能なんだろうか?と思わず考えてしまう。

もう義父でもないから、ただのおっさん光発電だ。


「ではな…」


おっさんはそそくさと書斎に戻って行った。

まぁ、実際は抗議なんてもう来ないと思うんだけど。

除籍して貰わないと何処かの家の後妻にとか、金持ち商人に売られてしまうだろうし。

安全に暮らしたいならそれも有りだけど、私は冒険したい。


商人が持ってきた装備類一式を身に着けて、私は旅立つ。

男爵と奥様がもっと嫌な人達だったら、色々な物を換金してやろうかなと思ってたけど、割りと小心者の常識人だった。

図書館の本の弁償をしてもらうから、家の物には手をつけないでおいてやる。


外に出ると、道の端に停まっていた馬車から一人の美麗な青年が駆け寄ってくる。


「ミア、そんな恰好で、何処へ行くんだい?」


よう、ストーカー。

お前こそ何してるんだ?


「えぇと……男爵家に迷惑はかけられないので、旅に出ます。冒険者になろうと思って」

「そ、そんな危険な仕事、か弱い君が出来るわけないだろう!」


ストーカーは慌てたように言い、綺麗な瞳に涙を浮かべる。

昨日も断罪前の控え室にいたな、こいつ。


「……でも、もう、私は一人で生きていかないといけないんです。誰にも迷惑はかけたくなくって」


笑顔で言えば、涙を流した。

いや、怖いんですけど。

道端で女性を捕まえて涙を流してる不審者ですよ、貴方。


「ああ、僕が力になれたら……」


そう言いながらはらはら涙を流すけど。

力になれないんだったら、はやく解放してくれませんかね?

予定詰まってるんですよ、こっちは。


「お気持ちだけで、嬉しいです!じゃあ、私急がなきゃなので」

「何処へ行くんだ、ミア、せめて送らせてくれ」


えぇ~~。

これから冒険者ギルドに行くのに?

この貴族の家紋入りの豪華な馬車で行くの?


「い、いえ、お気持ちだけで」

「最後に、それくらいはさせてくれ」


引きそうに無い。

めんどくさいなもう。

笑顔で断っても食いついてくるし、最後だからいいか…。


「じゃあ、冒険者ギルドにお願いします」

「本気なのかミア」


おい。

送るのか送らないのかはっきりしろ。

いい加減、その長い髪引っこ抜くぞ。


「はい!本気です!急がないと、私……」


困ったように男爵家を振り返ると、何か事情があるのかと勝手に察したストーカーが慌てて馬車に私を案内する。

馬車に乗り込めば、すぐに冒険者ギルドに出発した。


まあ、事情はないし追われても無いけど、急いではいますので。

勘違いしてくれる程度の察する能力があって良かった。


「……君を、安全に匿うとしたら、侍女になるというのはどうだろうか?」

「いえ、ご迷惑をかける訳にはいかないです。それに、お父様に見つかったら、きっと何処かの愛人を募集しているお金持ちに売られてしまいます」

「な…何と卑劣な……」


いや、ストーカーに言われたくねえんだわ。

何も出来ないならしなくていいから、放っておいてほしい。

私にはもうその覚悟は出来ているから。


「良いんですよ。もう私の事はお気になさらないで下さい。所詮は平民が見た一時の夢です。記憶はなくなってしまったけれど、きっと、皆様と過ごした時間は私の宝物でした」


知らんけど。

一欠けらも覚えてないけど。

そして、貴方の名前も知らないけど。


「……なんて健気なんだ、ミア。記憶がなくなっても、やはり、君は私の天使だ……」


どうだか。

あんなに男侍らす天使がいてもいいんでしょうかね。

それとも全員思い込みの激しいタイプだったんか。


「そんな事、ないですよ。許してくれたんだったら、婚約者さんの方がずっと優しいと思います。幸せになってくださいね」


そう。

中途半端に誰かに優しくするのは罪だよ。

それに縋ってしまう弱い人もいるんだから。

私の言葉に、彼は、何か覚悟を決めた目をしている。

おい、やめろ。

変な事は考えるなよ。

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