第11話 どうやら作るものは同じらしい

 化粧品店を出れば西原がついてくることはなく……というか、いつの間にか化粧品店から姿を消しており、あたりを見渡してもその姿はない。


 幽霊か何かの類か?なんてことを脳裏に思い浮かべながらも胸を撫で下ろした俺は化粧品店を後にする。


 なんであいつが突然話しかけてきたかなんて分からん。

 学校でもまともに話さないのに、なぜこの場で話しかけてきたのかは少し気になるが……まぁただの気まぐれだろう。


 なんとなく目に入ったから話しかけた、という可能性もあるし、化粧品を見てる俺を不審に思って話しかけたのかもしれないし。


 もしかしたら幽霊じゃなくて猫なのかもしれないな。

 だったらなんとなく辻褄が合う気もするし、合わない気もする。


 そんなことを考えながらやって来たのはスーパーマーケット。

 気を取り替えるように籠を手に持ち、ポケットから母さんに渡されたメモを取り出した。


「まずはきゅうりとキャベツとトマトと玉ねぎ……?」


 いや多いな。おつかいの量じゃなく無いか?

 というかこれ、ただのパシリじゃないか?

 母さんのパシリになってるだけじゃねーか?


 そんな考えに至った俺はそれぞれ安いもの、質の良いものを籠に入れながら帰ってからの文句を考える。


『次からは自分で行け』だとか『もう行かんからな』だとか『男一人で化粧品売り場に入らせるな』だとか、色々考えてみる……のだが、この言葉たちは母さんのあの言葉によって全て打ち消されてしまうだろう。


 絶対に。

 俺の有無も言わさずに。

『ごめ〜んね?』の一言で。


 ふつふつと湧き上がってくる怒りが籠を掴む手にこもる。

 だけど野菜を掴む手だけは優しく、傷一つ付けないようにゆっくりと籠の中に入れた。


 そうして次に訪れたのはお肉が並ぶ棚。

『今日の晩御飯はハンバーグだからミンチ肉を買ってきてね』とメモには書いてあり、最後には丁寧にもハートマークが記されている。


「重くなるって――」


 言葉を零しながら手を伸ばしたときだった。

 隣から伸びてくる俺よりも小さな手は、先にミンチ肉を握った。

「すみません」という言葉とともに軽く会釈する俺はその手の主を見やる――


「……なんだよ」


 心の底から出会うことを拒んでいたのだろう。

 分かりやすく嫌な目をする西原はこちらを見てい――バチッと目があい、慌てて俺は目をそらしてしまう。


 別に目が合うぐらい造作もない……はずなんだけどなぁ……。


「な、なんでここにいるの……」


 多分西原も俺と同じ心情なのだろう。

 戸惑い気味の言葉を口にする西原はミンチ肉を籠の中に入れる。


「普通の買い物だ……。居たら悪いかよ」

「……別に」


 ぎこちない会話をしながらも俺はミンチ肉を手に取る。

 そして自分の籠へと入れるついでに西原の籠の中も見てやった。


「……なに」


 そんな姿に気がついた西原は目を顰めて俺の......腹部?を見てくる。

 目を合わせたくない最低限の足掻きなのだろうが、流石に違和感が過ぎる。


「別に。んじゃ」

「……うん」


 最後の最後まで冷淡な言葉を交わしあった俺達はそれぞれの行き先に身体を向けて姿を消そうとした……つもりだった。


「……まだなにか用かよ」


 何故かついてくる西原に目を向けることなく言葉をかけてやれば、


「そっちこそなによ……」


 俺と同じように目を見ることなく言葉を返してくる西原。


「……あ、まさか――」


 不意に脳裏に過ぎるのは西原の籠の中。

 入っていたのは玉ねぎ、卵、そしてさっき入れていたミンチ肉。

 その時に気づくべきだった。

 こいつも、母さんと同じハンバーグを作ろうとしていることに。


「――目当てはパン粉か?」

「……うん」

「なるほどね」


 顔なんて見合うこともなく、淡々とした会話を並べた俺と西原は惣菜コーナーへと足を運び、同時にパン粉を手に取った。


 作るものが同じで、隣を歩いている。

 さっきはそれだけの情報でパン粉を取りに行くんだなということはすぐに分かった。が、今からの情報はなにもない。


 ……即ち、これからのこいつの動きが予想できないのだ。

 俺は一応今からレジに向かう予定である。だが、もしこいつももう買うものがなくなり、一緒にレジへと向かったらどうなる?


 家は隣。そうすれば必然と帰り道も同じになる。

 あくまでもこの後の予定がなければの話だが……スーパーで買い物した後に他の店回るか?


 一瞬その場に留まり、相手の様子を伺おうと思ったのだが、どうやら西原も俺と同じ考えだったらしい。

 数秒間の沈黙と気まずさを漂わせた後、俺はやっと身体を動かす。


「……んじゃ」

「ん……」


 単調な言葉を交わす俺は最後の最後まで意図的に目を合わせることなく、その場から立ち去る。

 西原があの場で未だに立ち止まっているのを見るに、時間をずらそうとしているのだろう。


 先ほど話しかけてきた時とは変わっているようで変わっていない態度を披露する西原を背に、籠をレジへと置く。

 多少は感じていた慶賀に堪えない気持ちに蓋をして。

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