第7話 別に幼馴染に魅せてるつもりは無い。

 西原の元へと戻ろうとする足を止め、ホワイトボードに目を向ける。


「同じチームだね〜」


 なんて言葉が隣から聞こえ、そちらを振り返ってみれば――


「う、うん。同じだね」


 慣れない様子で言葉を返す西原の姿があった。

 ついこの前まではプリントを交換し合うぐらいの仲だった山口さんは、今では西原の肩を組んで楽しそうに笑っているのが見える。


 さすれば、今朝消したはずのモヤが溢れ返ってくるのだ。

 嫌な感情が胸を蝕み、あの光景に怒りを覚えてしまう。


「おーい白崎?おまえこっちだぞー」


 遠くから聞こえてくる声に慌てて振り返った俺は、感情を閉ざすようにその場から走り去る。

 できるだけ怒りを顕にさせないためにも、できるだけあの光景を視界に入れないためにも。


「白崎ってサッカー経験あるか?」


 ピンク色のビブスを渡しながら問いかけてくるのは宝田たからだ光輝こうき。確かサッカー部だったかな?

 だからこんなに張り切ってるのだと思う。


「小さい頃に少しだけ」

「なら割とパス回しても大丈夫系?」

「大丈夫……かどうかは分からんけど、多分?」

「おーけーおーけー。なるべくそっちに回すわー」

「リょ、了解です」


 慣れない会話は俺がビブスを着たことによって幕を閉じ、生徒たちは各々コートへと入っていく。


 流石に試合ともなれば男女で分けるらしく、クラスの男子計16名がなんとなくのポジションについた。

 できれば前ではなく、後ろの方に行きたいんだが――


「白崎さんは前だぞ?」


 宝田がそう言ってくるのだから後ろに行くこともできず、渋々ながらもセンターサークル近くに立つ。

 そうすればとある事に気がついた。


「……俺等以外にいなくね?」


 横を見ても、前を見ても、居るのは8人の敵チームとボールを踏んでいる宝田のみ。

 嫌な予感がよぎって後方を見てやれば、明らかに下がりすぎている男子たち6人がこちらを見ていた。


 ゴールキーパー1人。ディフェンダーが3人とかならまだ分かる。

 だが明らかに多すぎるだろ。なんだよ2:5:1って。

 いやまぁ8人サッカーなのだからこれぐらいあって当然なのだろうけど、もう少し前に来てくれませんかね。


「んじゃ始めるぞー」


 コート外から聞こえてくる先生の声とともに鳴らされるのはボタン式の笛。

 そうして試合が始まり、宝田はこちらにボールをパスしてくる。


 チラッと後ろを見てみるが、やっぱり動こうとしない5人の男子。

 成績下がるぞ?なんてことを思うが、炎天下のしたで走ってこの前の俺みたいに脱水症状を起こすほうが嫌か。


 ドンピシャで俺の足元へとやってきたボールをインサイドでトラップし、敵がいない外側を使いながらゴール付近へのドリブルを試みる。


 どうやら敵にはやる気のある男子生徒がかなりの人数……というか全員だな。全員あるな?

 8人中5人がこちらへと走ってくるのに思わず目を見開いてしまう俺は、宝田がどこに居るのか探す――


「へーい!」


 ……探す必要もなさそうだな。

 逆サイドで大きく手を挙げている宝田がよく見える。

 けど、ここから宝田までの距離は大体40メートルと行ったところだ。


 そんな場所まで素人が飛ばせるとでも?

 さっきまでパスしていた柔らかいボールとは違うんだぞ?

 というか後ろのやつも来いよ。


 足の裏でボールを止めた俺は、宝田から視線を外し、目の前に居る5人の男子を見る。

 相手の様子を伺うためにボールを少し下げ、右、左とフェイントを入れてみるがびくともしない。


 でも、フェイントやら動きやらで敵チームは俺への警戒心を高めたのだろう。

 チラッと宝田に目を向ければ、宝田をマークしてた敵がこちらによっているのが見える。


 瞬間、俺は右足の踵で後ろにボールを転がし、良好になった視界の中、身体を捻って思いっきりボールを蹴り飛ばした。


 流石にこの距離のパスが完璧になることはない。

 だが、宝田のマークを極力外れさせ、身動きの取りやすい体制にしてやる。

 さすれば俺の若干外れたボールだって容易に取ることができるだろう。


 俺のインフロントから放たれたボールは綺麗な放物線を描き、宝田が元いた位置の少し前へ飛んでいく。

 俺の目の前にいた男子たちは慌てて宝田の元へと向かうが、もう間に合いやしない。


 インステップでバウンドひとつないトラップを披露した宝田は、フリーのままゴール前へと走り、弾丸シュートをゴールネットにお見舞いした。


「こっわ……」


 ボールの入ったゴールに身震いする背中を向け、そんな言葉を零す。

 そしてハーフラインを超えると、勢いよく走ってくる宝田が俺の背中に飛び乗ってきた。


「な、なんすか?」

「ナイスパース!超良かったぞ!」

「ならよかったっす」

「全然サッカー部でも通用するぞ。今から練習すればレギュラーだって狙えるぞ!」

「流石にないっすよ」

「んなことないけどなー」


 褒められたからか、はたまたこんな状況が初めてだからか、謎に熱くなる頬をポリポリと掻く俺は宝田から視線を外す。


「なんなら俺からコーチに言ってやるぞ?すげーやつがいるって」

「ま、まぁ……考えますよ」


 入る気なんてひとつとしてないのだが、この状況を落ち着かせるために紡いだ言葉に宝田は目を輝かせた。


「気分が乗ったらいつでも来いよ!」

「了解っす」


 慣れない俺の言葉で会話が終わり、敵チームがボールを中央に持ってきたことによって再度先生が持つ笛が鳴った。

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