#6
後日談の前に、細部の補足をする。ボクの鮮やかなる謀反によって、天使の翼と白ポンチョを認識上すげ替えて見せた訳だけれど、読者諸氏に於かれては、依然として残る疑問があるに違いない。それを氷解してから、気持ちよく語り終えよう。
まず、屋上にて白ポンチョを夕陽に向かってバンザイするという奇行をどう説明したか。以下、ボクと夏彦による当時のやり取り。
「君、こんなところで何をしているんだ」「せのびーる体操です」「?」「背を伸ばしています。バンザイすると身長が伸びるのです」「根拠はあるのか」「インターネットとやらで見ました。目指せ、妍けん姿し艶質えんしつ!」「阿呆か」
上手に誤魔化せたと思う。
次に、落ちた羽根についてはどう説明したのか。
「羽根ペンです」「そんなもの持っていたか」「羽根ペンです」「何に使うんだ」「羽根ペンです。身長の記録です」「傾きは零だろうな」「失礼な!」「違うのか?」「事実ですが!」
上手に誤魔化せたと思う。
補足は以上である。
さて、その後、「天使捜索戦線」が如何なる展開を見たか。
「天使なんていなかった。あれは単なる見間違いであったのだ」という噂が構内に蔓延した。もはや追跡は不可能であるが、恐らくボクの白ポンチョ事件を契機として、「天使捜索戦線」の連中のいずれかが言い出したのだろう。これは狙い通りである。白ポンチョなどきっかけに過ぎぬ。目的は、「天使など、単なる見間違いだったのでは無いか。思えばくだらぬ。桜を天使の翼と見違えただけではあるまいか」という一抹の疑念を発起させることにあったのだ。読者諸氏、ボクを令和の孔明と崇め奉れ。
しかし、この後の展開は予想外であった。
「天使捜索戦線」の空中分解を狙った策謀であったが、実際には空中分解ではなく、分裂を引き起こした。「天使はいるのだ」という夏彦派と「天使はいない」という自余。
この二勢力間の不毛なる議論は日夜行われ、最終的に後者が「天使捜索戦線」を脱退する運びとなり、前者は「心霊考証会」と名を改めた。
夏彦は元来そうであったから理解できるけれど、まさかその他にも依然として天使や心霊の類いに執着する輩がいるとは思っていなかった。阿呆であるが、皮肉にも主張自体はこちらが正しいのだから笑える。
因みに言うまでも無いが、ボクは後者派で率先してイニシアチブを握り、最後に「天使なんている訳が無かろう! そうやっていつまでもありもしない幻に固執するが良い! しかして孤独死しろ!」と吐き捨てて脱退した。
こうして、ボクは有為なる青春の日々を取り戻したとさ。
めでたしめでたし。
そういえば、これは余談であるけれど、一連の事件の後に、夏彦へこのような質問を投げかけたことがある。「結局天使は見つかったのですか」
彼は考え込む仕草を見せた後、「天使は見つけたよ」と答えた。しかしながら、「心霊考証会」の人間に同じ質問をすると、みな一様に首を横へ振る。
これが一体、何を意味しているのか――ボクにはさっぱり解らぬのであった。
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