第18話 一目置かれる珈琲
この世から、焚き火の明かりと珈琲の香り以外、すべて消え去ったのかと勘違いするほど静かな夜。
炎に照らされながら、真剣な眼差しで珈琲を淹れるラミスに、クレナが話しかけた。
「なんか、あんただけズルくないかしら?」
ラミスは顔を上げると、数回まばたきしてから尋ねた。
「……何が?」
「あたしたちって二人三脚で店をやってるわけじゃない? にも関わらず、みんながあんたばっかを見てるのよ」
「そうかな? 視線なんて、あまり感じたことないけど」
「いや、そういう意味じゃなくてね。なんていうのかしら……例えば帰り際に、お礼を言われる時ってあるじゃない。『ごちそうさま』とか『ありがとう、美味しかったよ』とか。ああいう時、みんなあたしを通してあんたに礼を述べてると感じることが多いのよ」
「はあ……」
「露骨に面倒臭そうな反応するんじゃないわよ。とにかく、世界中のホールスタッフを代表して言うわ。あたしたちの頑張りがあってこそ、商売は成り立ってるんだって」
「そんな風に被害妄想を感じてるの、クレナちゃんだけじゃないかな」
「いやいや、これ現実に結構いるのよ。あたしを伝書鳩扱いして『この一杯を淹れてくれたバリスタに感謝を述べておいてくれ』みたいな顔して去っていく気取ったオッサンとか」
どこか遠くを見つめながら、早口で喋り続けるクレナ。
しばらく黙って話を聞いていたラミスだが、そのうち首をかしげて割り込んだ。
「で、結局クレナちゃんは何をどうしたいの?」
「あたしも作る側に回って客に一目置かれたいわ」
「ホールスタッフの待遇改善とか、そういう話ではないんだね」
「ちなみに提供する商品もすでに準備済みよ。持ってくるから少し待ってなさい」
そう言うと、クレナは幌馬車の中から、お皿に盛られたクッキーを運んできた。
ベージュ色の、いかにも手作りですといった雰囲気の味気ないクッキーだ。
「あっ、先に言っておくけど、これ普通のクッキーだから。魔法調理鍋で適当に作った中の下くらいの奴」
「ええ……? それだと、一目置かれるなんて不可能なんじゃ……」
「そこで、あんたの出番よ。『食べたお菓子を美味しく感じさせる珈琲』を作ってちょうだい。……あたしのやりたいこと分かるわよね?」
「……クレナちゃんは、それで一目置かれたとして満足なの?」
クレナはそれでもこだわり、半ば強引にラミスへ珈琲の開発を依頼した。
――数日後、偶然すれ違った年老いた旅商人に商品を提供する機会が訪れた。
「ご一緒に、クッキーはいかがかしら?」
クレナはちょっぴり悪意の含まれた珈琲を提供した後、タイミングを見計らってクッキーを差し出した。
老人は勧められるがままクッキーを口へ放り込み、目を丸くして言った。
「おおっ! こんな美味しいクッキーを食べたのは初めてです! これは、あなたが作ったのですか?」
「まあね……。思いつきで作ったら偶然それなりの味になっちゃったっていうか?」
「暇つぶしで作ってこのクオリティとは……。きっと、名のある店での修行経験がおありなのでしょうな」
「修行なんてしたことないわ。料理だって三日前に始めたのよ」
「なんと三日前とは……。いやはや、これは素晴らしい才能ですよ。お菓子の神様に愛されているとしか言いようがない」
「もう……褒めすぎよ。まあ、天才であることは否定しないけど?」
腰に手を当て、笑い声を響かせるクレナ。
けれど、そんな二人のやり取りを見て唇を尖らせる存在が一人……。
「おじいさん、騙されないで。このクッキー、本当は雑巾みたいな味がするんだよ」
冷めた口調で割り込んできたラミスに、クレナが上ずった声で叫ぶ。
「ちょっと、どういうつもり!?」
「なんだか私の手柄を取られているようでムシャクシャしてきた。だいたい、こんなに話を盛るなんて聞いてないよ。悪いけど、これ以上、野放しにはできない。……おじいさん、お代は結構だから『ユニコーンの馬車に乗った双子の妹は、姉の手柄を横取りする卑怯者』って言いふらして」
「何よ! 普段はやさぐれてるくせに、こんな時だけ良い格好するんじゃないわよ! ……おじいさん! この子の話、全部ウソだから! お代は結構だから『ユニコーンの馬車に乗った双子の姉は、妹を陥れようとする薄情者』って言いふらしてちょうだい!」
お互いに顔を真っ赤にして、口論を繰り広げる双子。
もはや、彼女たちの眼中から消え去った老人は、孤独に天を仰いで呟いた。
「一体、どっちの話を信じれば……。ともかく、ユニコーンの馬車に乗った双子には気をつけるよう注意喚起せねばなるまい」
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