紫苑の庭
文字を打つ軟体動物
一章 或る牧師の日常
窓から差し込む朝日に目が覚める。
「気持ちのいい朝ですね」
誰に言うでもなく、なんとなく呟いてみた。
この快晴にはぴったりの言葉に違いない。
私はベッドから起き上がり、急いで洗面所へ向かう。
鏡の前に立つ先客はしばらく経ってから私に気付き、私に話しかける。
「おはようございます、マグナ牧師」
私は挨拶を返す。
「おはようございます、ストラエフト牧師」
顔を洗い終えると、私は子供たちの寝床へ、ストラエフト牧師は台所へ向かう。
子供たちの寝床に着いた私は声を張り上げる。
「皆さん起きてください、朝ですよ〜!」
子供たちが次々と起き上がる。
しかし、一人だけ寝床から起き上がらない子供がいた。
「マシューさん、早く起きないとご飯抜きですよ?」
マシューはごそごそと何かを隠した後、起き上がって食堂へと向かう。
何を隠したのか気になりつつ、子供たちをまとめるために私も食堂へと向かう。
私に隠したいものなんて8歳じゃ出会いもしないだろうし……後で見てみよう。
マシューの隠したものについて考えを巡らせていると、食道に着く。
そこでは、ストラエフト牧師がせわしなく朝食を並べていた。
私は尋ねる。
「朝食、もう出来上がっていたのですか?」
ストラエフト牧師は答える。
「ちょうど作り置きのものがあったので、今日はそれで済ましてしまおうかな、と思いまして……」
全員が席につき、少しの沈黙の後に唱え始める。
「神よ。あなたの慈しみに感謝して、この食事をいただきます。ここに用意されたものを祝福し、わたしたちの心と身体を支える糧としてください。わたしたちの主イエス・キリストによって、アーメン」
硬いパンを冷めたスープで流し込む。
食べづらさも味の薄さも一級品といって差し支えないような食事だ。
そう、寄付だけで沢山の子供たちを養っている都合上、ここでの暮らしは裕福とは言えないのだ。
良く言えば清貧、といったところだろう。
全員が食事を終えたことを確認すると、ストラエフト牧師は再び口を開き、子供たちも続く。
「神よ、感謝のうちにこの食事を終わります。あなたの慈しみを忘れず、すべての人の幸せを祈りながら。わたしたちの主イエス・キリストによって、アーメン」
さて、朝食を摂り終えると私達はそれぞれの仕事へと赴く。
子供は勿論、遊ぶことが仕事である。
ストラエフト牧師と共に庭へ出てじゃれ合っている子供たちは楽しそうにはしゃいでおり、私はそれを窓から眺めながら掃除を始める。
淡い紫の花弁に囲まれたきれいな花。
紫苑が咲き誇る庭からは楽しげな笑い声が聞こえ、その光景は私の目にまぶしく映る。
まだ声変わりもしていない子供の、高い声が紫苑の庭に響く。
「ストラエフト牧師! 高い高いして〜!」
ストラエフト牧師は優しく子供を持ち上げ、微笑みながら言葉を返す。
「いいですよ……ほら、たかいたかーい」
笑いながら子供は叫ぶ。
「もっと高くして!」
子供というのは活発なもので、優しく持ち上げられるだけでは満足できなかったようだ。
ストラエフト牧師は子供をもう少し高く持ち上げ、その場で回転する。
「もっと高くですか……ほれ! たかいたかーい!」
はしゃぐ子供を見て、思わず笑顔になる。
しばらくして、ストラエフト牧師は子供を優しく着地させ、他の子供のところへ去っていく。
「うわぁぁあ! ……ふぅ。ありがとうストラエフト牧師!」
降ろされた子供は礼を言って他の子供と遊びに去っていく。
微笑ましい光景を眺めていて気づく。
掃除が全く進んでいない!
私は焦りつつもモップとバケツを手に教会を走り回る。
急いで掃除を終え、昼食の準備に入る。
昼は学校に行く年齢の子供たちが食べられないため、あの朝食より質素な食事を作ることとなる。
私は急いで雑穀とカブを鍋にかけ、粥を作る。
鍋の前でぼんやりしていると、時間を忘れてしまいそうだ。
ガタッ!
何かが倒れる音がしてふと我に返る。
慌てて鍋を見るが、まだ煮えきっていない様子だ。
私は安堵し、十数分の休息に入った。
私は火を止め、粥を皿に分けて次々と食卓へ運んでいく。
……ストラエフト牧師はどこに?
食堂を見渡す。
いない。
昼寝でもして寝過ごしてしまったのだろうか?
「皆さん、私はストラエフト牧師を探してくるので少し待っていてください」
子供たちは食事をおあずけにされて、不満そうな顔をする。
私はさっき音がした方向、ストラエフト牧師の部屋にゆっくりと向かう。
ドアを開け、私の目に入ったのはゆらゆらと揺れる人影。
天井から吊り下がった縄。
ストラエフト牧師は、苦悶の表情を浮かべたまま宙を揺れ続けている。
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