3. ズブズブな関係の市会議員と建設業者がおりました

 櫻小路さくらこうじのおべっかに気分を良くした春夏冬あきないが、さらに饒舌に話し続ける。


「もちろん、市民にだけ犠牲を強いているわけではありません。私は議員になって以来、三百六十五日、ほぼ休みなく働いている。僅かな休日でさえ、寝る間を惜しんで政治経済の勉強をしている。ひと月前に生まれた我が子でさえ、この手でゆっくり抱く暇もない」


「よっ! 政治家の鏡! わたしゃあ、あなたの爪の垢を煎じて飲みたい! いいや、いっそのこと、その爪を、じかにしゃぶらせていただきたい!」


「だ~しゃあしゃあしゃあしゃあ~。よろしい、よろしい、実に愉快だ。ねえ、櫻小路セ・ン・パ・イ」


「あ、意地悪だな~春夏冬議員。そうやって私を先輩って呼ぶの、もういい加減にやめてくださいよ~」


 実は、櫻小路と春夏冬は、小中高と同じ学校に通った地元の先輩後輩の関係なのだ。しかも彼らは九年間同じサッカー部の先輩後輩でもあった。


 二人が青春を過ごした昭和の終わり頃と言えば「スポーツ根性もの」を略した「スポ根」漫画やアニメの全盛期で、現在の「スポコン」、いわゆるスポーツコンプライアンスの概念などは微塵も無い時代であった。


 実際のところ、櫻小路は、春夏冬に対し、部活の先輩という立場を笠に着て、「指導」という名目の、今なら即刻「虐め」と認定される酷い仕打ちを、数えきれないほどしてきた。指導をする側に「虐め」という自覚が無かった。年が一歳違えば王様と奴隷ほどの格差があるのが当たり前の時代だった、と言ってしまえばそれまでだが、被害者の恨みは、いつまでも消えない。


 やがて二人は社会に出た。櫻小路は建設会社の社長。春夏冬は市会議員。二人の立場は完全に逆転した。春夏冬は、櫻小路に会うたびに、積年の恨み晴らさずにおくべきかと、執拗に尊大に勝ち誇ってみせた。そして、自分にペコペコと頭を下げる先輩の後頭部を見下ろし、いつも得も言われぬ優越感に浸るのだった。


「あ、そうだ。我が子と言えば、櫻小路社長。たしかあなたの奥様は妊娠中でしたね」


「おっと。よくぞ聞いてくれました。今ちょうど臨月でして。もういつ生まれてもおかしくない状況なのです」


「ほ~お、それはそれは。ちなみに、お子様は男の子? 女の子?」


「なにを隠そう、男の子二人、女の子一人、でございます」


「三つ子ちゃんですか!」


「てへへ。エコー写真で見たら、妻のお腹の中に、かわいい三人の赤ちゃんが、ばっちり映っていました。あとは無事に生まれて来るのを祈るばかりです」


「いやはや、生まれたら、私の子供と、あなたの三つ子ちゃんは、同じ歳の同じ学年。お互い向こう二十年は死に物狂いで働かなければなりませんな」


「はい、春夏冬議員。これからも、櫻小路建設をごひいきに、何卒よろしくお願いします」


 こうして、二人は、三つ首地蔵の前で足を止めた。


「さて、春夏冬議員。本日ご相談をしたいと思っているのは他でもありません。この三つ首地蔵のことなのです」


 櫻小路が、大人の腰の高さぐらいの地蔵堂の腐った木材に、そっと手を添えて話す。


「率直に言います。この地蔵堂の取り壊し計画を、なんとか中止してもらえませんか?」

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