20250828
学校の教室にいる。別に私たちは学生というわけではないが、必要があって席に着こうとしていた。教室の後ろ、扉のすぐ近くの壁コンセントがある。誰かが、そこに差込プラグを挿そうとしたが、うまく入らないようで手間取っている。何度か入り抜きを繰り返しているその瞬間、微かに火花が散ったのを見た。嫌な予感がして、周りの友人に火事になるから逃げろ、と声をかける。誰も真剣に受け止めてくれない。コンセントにプラグが挿さる。火花が散る。プラグを持っていた女の子の帽子に火花が飛んで、それが、繊維に引火して育ち、炎になった。そこからは速かった。脱ぎ捨てられた帽子から椅子や机へ。
強引に、そばにいた親しいひとりの手を引っ掴んで教室を飛び出した。他にも何人か友達はいたし、全員助けたかったけれど、私に引ける手は限られている。きっとそれぞれ逃げるだろう。教室のそばの階段を駆け降りて、地下みたいに暗い、懐かしい小学校の廊下を走った。ひんやりとしたグレーの床が熱気を持つ前に、ひたすら。
案外、あっけなく外に出た。同じように逃げ出した人達や、騒ぎを聞いて駆けつけた私の友人たちもいた。空はまだ日が昇っている。あたりを見回す。同じ教室にいた、一番年下の友人である女の子。あの子がいない。逃げ遅れている?
それに気づいて私は引き返す。誰かに止められた気がする。それと同時に、私が手を引いて連れ出した友人が今度は私の手を取って、一緒に行くと言った。周囲の静止を無視して暗い校舎に入る瞬間、出る時は気付かなかった膜のような存在を強烈に感じる。粘度の高い、目に見えない膜を破って中に入った、と思った。それは膜ではない。校舎全体が、油やスライムのような質量のある何かで満たされている。もしかすると、油や粘性のものなどなく、重力の関係か。わからない。感知できない。とにかく指一本動かすのにもひどい抵抗を感じるそこに、ずぶ、と入り込んだ。
酸素がないはずなのに支障がない。当たり前だ。私たちは機械なのだから。それも私に至っては戦闘用の機体で、他より頑丈だ。それでもこの空間を進むのは恐ろしく困難だった。私の後ろにいる友人も、一歩進むのにすら苦労している。
校舎の中は火事が嘘のように青く、暗く、水族館のような印象だ。炎はもはや存在せず、今ここで一番恐ろしいのは人型の腐敗した化け物だった。それらもこの空間のせいでのろまだが、私たちを加害することに必死で、曲がり角や部屋の奥から現れる。それらの攻撃は私たちにそれなりに効果があって、あまり当たりたくない。伸びてくる鋭利な爪や足を避けようと動く自分の体が重い。スローモーションのように、鈍い四肢を動かして,避ける。
そんなふうに戦ったり逃げたりしながら、建物の奥に辿り着く。ガラス張りのオフィスのような部屋で、間接照明だけがぼんやりと室内を照らしている。観葉植物やデスク、書類、ワークチェア。友人と部屋を見ている時、スマートフォンをチェックする。SNSを確認すれば、探していた年下の女の子がどうやら外へ逃げられたらしい投稿があった。
無駄足にはなったが安堵して、友人に伝えてすぐに引き返すことにする。ここに辿り着くまでにそれなりに体が損傷したり、内蔵されていた武器を失ってしまい、このままでは私たちが無事に帰れそうにないからだ。
部屋から出て廊下を行けば、あらゆる曲がり角からぞろぞろと腐敗した化け物が出てくるのが見えた。外へ向かうことができない。そう思っていたのに、数に押されて追いやられた先に、突如外の景色が現れる。青空の下に、踏切と、駅。こじんまりとした駅のホームに男と、他にも誰かいたような。
太陽が眩しい。明らかに外だ。外なのに、私はこの踏切を超えることも、駅のホームに登ることもできない。まるでここはただの部屋で、見えている景色は精巧に映し出された作り物であるかのようだった。来るべきではない、別のステージに迷い込んでしまったみたいに場違い。どうしてか、引き返すしかないと分かった。
引き返せば、また青く暗い廊下に戻る。けれど、友人がいない。さっきまでいた友人がどこにもいない。焦って辺りを見回せば、急に廊下の右手に道があることに気づく。先ほどは壁だったはず。白いレンガを組んで作られたトンネルのような通路だ。それほど長くなく、先の方には白い光が射している。引き寄せられるようにそこを進めば、芝生を踏む感触があった。六畳ほどの四角い空間で、トンネルと同じ素材の高い壁に囲まれている。上を見れば吹き抜けになっているが、白い光はどこへ行ったのか、灰色に霞んでいた。霧が出ている。よく見れば、壁に沿って階段が螺旋状に続いている。登ると、上には墓地があった。狭い敷地に複数の墓石が並び、異様な文字で名前のようなものが記されている。所々に赤色で名前の上から何か書かれていた。不気味で、不穏で、背筋をなぞられるような不快感。レンガの隙間や墓石の周囲に生えた芝生の緑と、赤色と、霞の白が脳裏に焼き付く。
「何してるんだ」
と、呼びかけられた。振り向けば同い年くらいの男女が複数人。聞けばここから続く施設に住んでいるようだ。久しぶりに生の人間の声を聞いた私はとても安心した。彼らに着いて行き、墓地を周り、渡り廊下のようなレンガ道を渡って、少しの階段を下りて、吹き曝しの中二階に着いた。テーブルやチェアが並べられている。気づけば夜になっていた。白く霞んだ世界の中で、テーブルには食事が並べられて、友達とグランピングにでも来たかのような雰囲気だ。
初対面の私を、彼らは自然に受け入れた。それがありがたく、空いている席に着く。そういえば、不自由を強いる重たい空気も、機械の体も、ない。元いた場所に帰れなくても、一人ではないなら、ここにたどり着けてよかったと思った。
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